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「統一協会」関連スレッド
10
:
・゜*ヽ(´ー`)/。・゜*
:2004/05/16(日) 23:28
http://www.geocities.com/Colosseum/Court/8490/special/toitsu.htm
国際勝共連合が、日本で誕生したのは1968年4月である。発足に至る具体的経過も明らかにされており、
それによると1967年7月、笹川良一の肝入りで、韓国側文鮮明(統一協会教祖)、劉孝之、日本側笹川良一、
児玉誉士夫代理の白井為雄、市倉徳三郎らが山梨県本栖湖畔にある全日本モーターボート競走連合会の
施設に集まり、「第一回アジア反共連盟結成準備会」が開催されたが、ここで韓国流の反共運動を日本で
受け入れることが決められた。日本の右翼暴力団の「二人の首領(ドン)」が、そのシマ(縄張り)の中で、
韓国系ヤクザの活動を承認した手打式と言うことができる。
会合の目的とされた日本における「アジア反共連盟」という名の団体の結成は、日本の旧右翼の中に
つよい反発があって実現しなかったが、その後の話し合いで、日韓両国の統一協会が、「国際勝共違合」と
いう看板を掲げ、宗教と反共団体の二足のわらじをはくことが合意された。
日本の反共団体として活動をはじめた国際勝共違合は、APACL(アジア諸国人民反共違盟)に参加する。APACLは、1954年、韓国の李承晩と台湾の蒋介石らの提唱によってつくられた反共運動組織であり、
この根まわしをしたのが第三代CIA長官、アレン・ウェルシュ・ダレスである。こうして、東京でAPACL第八回
大会がひらかれ、大会議長として岸信介、事務局長加瀬俊一(外務官僚)、以下谷正之(同東条内閣閣僚)、
石井光次郎〈自民党顧問)中曽根康弘(自民党議員)、御手洗辰堆(評論家)、矢次一夫(国際研究会理事)、
商杉普一(三菱電機会長)、堀越禎一(経団連事務局長)、椎名悦三郎(自民党議員)、松下正寿(立大教授)、
細川隆元(評論家)、小林中(経団連理事)ら三十五名が出席、アメリカ・マーフィ元駐日大使ら外国代表
八十六名が集まった。
またこの準備委員会には、岸元首相のほか、吉田茂元首相、石坂泰三経団連会長、植村甲午郎経団連
副会長、足立正日商会頭など日本の国家権力の最高首脳が名をつらねている。以上が結成までの背景だ。
笹川や児玉そして岸元首相が船舶振興会(日本財団)や各総会屋からの資金を使ってまで、CIAのために
働かなければならないのかという疑問が残る。しかし、答えを出すには東京裁判の真実まで言及しなければ
ならないため割愛する。
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