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永田町怪獣図鑑
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・゜*ヽ(´ー`)/。・゜*
:2004/11/23(火) 01:46
http://uwasanoshiokinin.com/itoyama3.html
シリーズ・調子にのるな!糸山英太郎3 大物国会議員から総会屋、そして色仕掛け
前項の「投書」で記されていた<写真週刊誌>とは、『フォーカス』で、暴力団員が訪ねてきて
「糸山をやっつけてほしい」と差し出した3枚の写真を見せられ、そのうちの1枚をコピーして『フォーカス』
に持ち込んだのは仕置人で、その後半年かけて取材し、1987年11月13日号の『フォーカス』に「ゴルフ場
VIPルーム女社長襲撃事件」というタイトルで掲載された。この取材を続けた半年間には、『フォーカス』
への掲載を止めようとして、さまざまな人物を糸山はくり出してきた。そして本人は取材から逃げまわり、
仕置人が『現代』に16頁にわたって、この"暴行事件"の真相を掲載した後などは病院に逃げ込んで
ほとぼりが覚めるのを待っていた。この糸山のスキャンダルが『フォーカス』に掲載されることを止めよう
とした代議士は、当時官房長官だった後藤田正晴と当時建設大臣だった水野清。
糸山は当時「衆議院外務委員会委員長」の肩書きである。
「ケンカ哲学」という著書に「100億円バラまいた」と豪語する糸山が、どのようにカネを使ったかは
知らないが、こうした時の"圧力"にそうしたカネが、大物国会議員を動かすのに有効なことは論を持たない。
永田町の論理から言えば"あり得ること"であってそうでなければ、糸山ごときチンピラ代議士の意をうけて
アクションを起こすわけがない。また、「第一勧銀」や「野村證券」を舞台に莫大なカネを手にした、と
いわれる総会屋の小池隆一や、糸山が経営していた学園の"理事"も仕置人に接触してきた。
酒も飲めない小池は、ふぐ料理が好きなことから何度か誘われたが、あからさまに"暴行事件"の取材に
圧力をかけてこなかった。「糸山や河合大介からよく株をやってるもんでねぇ」などと言うだけだった。
そういえば、仕置人はこの一件で年のころは30代の女性と会ったこともある。この女性は最初電話を
かけてきて、由紀(仮名・暴行を受けた糸山の義妹)さんの"後見人"というふれこみだった。
真夏のある日、女性はトンボと花模様の絽の和服で、関西弁。「京都のお花のお師匠さん」と言ったが、
呼ばれた店は新宿の「玄海」という料亭である。用件はやはり「フォーカスの掲載を止めてほしのです」だった。
そして「由紀さんは告訴することも考えてます。ごく親しい人には、嫁に行けなくなってもいい。
裁判所でもどこでも、尻でも何でもスカートをまくって見せてやる、と意気まいてました。
私が聞いている話では、由紀さんは友人のアドバイスに従い、事件後帰宅してから、破れた服や下着を
ビニール袋に詰め、証拠として残す一方、告訴するために弁護士と連絡をとろうとしているくらいです」
と話していた。そして「糸山がやった、と直感的に思いました」とも言った。
帰りぎわ、仕置人の脇へ寄ってきて「早く、この問題が解決して、センセイと腕を組んで銀座を歩きたいわ」
とも言い、仕置人の腕に腕を絡ませて玄関まで送ってきた。仕置人が由紀の母親宛に手紙を出していた
ことから、"由紀の後見人"を名乗って仕置人に近づいたのだろう。
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