[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
ログ保存
433
:
・゜*ヽ(´ー`)/。・゜*
:2004/03/29(月) 12:06
http://www.rondan.co.jp/html/mail/0310/031021.html
竹中平蔵金融・経済財政政策担当大臣の真実 (平成15年10月21日) 差出人: 不明
竹中は73年に一橋大学を卒業、日本開発銀行に入行した。 その後77年には同行設備投資研究所に
配属になり、82年には大蔵省財政金融研究所に主任研究官として出向した。
この頃、竹中は、当時大蔵省官房審議官兼財政金融研究所次長であった長富祐一郎に出会う。
長富はその後大蔵省関税局長を経て財政金融研究所長を務めた人物であるが、大蔵省きっての
問題人物であり、この出会いが竹中をシンデレラ・ボーイに押し上げていくのである。
87年、竹中は、長富の後押しにより、大蔵省の出向ポストであった大阪大学経済学部助教授に就任した。
そのときの主任教授が、現在、経済財政諮問会議の民間議員を務める本間正明氏である(竹中が
本間教授の起用にこだわったのは、もちろん口封じのためである)。
しかし、竹中は、休講ばかりで授業を真面目にやらなかったうえ、生来の女好きが災いして教え子の
女子学生にセクハラを働いたため、本間教授の逆鱗に触れて大学にいられなくなってしまう。
そこで、竹中は長富に泣きつき、トラブルを表沙汰にせず、円満に大学を去る形にしてもらった。
89年、長富は開銀とも話をつけ、ハーバード大学に留学させることにした。そのときの肩書きは
客員准教授であったが、実際には助手見習いであり、しかも在籍したのはわずか3ヶ月だった。
ここで、長富がなぜこのような力を持っていたかということに触れる。長富は、大蔵省の中堅幹部だった
頃から、財政金融研究所の外郭団体を使い、銀行や証券会社から巨額の裏ガネを集めていたのである。
そのカネは、政界工作はもちろん、海外の主要な大学や研究所との人脈づくりにも使われていた。
長富は頻繁に海外出張して、接待・贈り物攻勢をかけたのである。竹中がハーバード大学に
留学できたのも、この裏コネクションがあったからである。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板