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ネット・ウヨサヨ論
358
:
・゜*ヽ(´ー`)/。・゜*
:2005/10/11(火) 02:00:00
483 :名無しさん@6周年:2005/10/10(月) 16:49:31 ID:dU8Iiema0
リベラル派にただ乗りする右派
1 :パール判事 :05/07/24 02:54
最近、人権擁護法案を言論弾圧だといって批判する右派の主張が
しばしば見られる。リベラル派は「他人の人権を制約することになる」
場合は合理的範囲で制約をみとめてはいるが、最大限、その自由を認め
ようとしている。
これに対し右派は「権利は義務を伴う」「国家による制約は当たり前」
と主張、権利はむやみやたらに認められるものではないと主張してきた。
ところが、人権擁護法案がでたとたん、右派はリベラル派の論理にただ乗り
し、差別的発言であっても、自由なはずだ、差別とはなにか国家権力が
決めるのは不透明だ、と彼らが批判してきたリベラル派も真っ青の論理で
自分たちの権利を主張しだした。人権の名のもと国家が私生活に関与しすぎ
るのは国家統制を招くというのもリベラル派の議論のなかで存在していたが、
右派は黙殺してきた。そこには国家権力性善説とでもいうべき空想があった。
最近の右派は醜い。リベラル派にただ乗りしているだけだ。
2 :パール判事 :05/07/24 03:06
作る会のメンバーでもある藤岡信勝はその著書で「法律により権利や自由が制限
されるのはあたりまえ」と述べていた。かりに「当たり前」なら、今回の法律も
「当たり前」のこととして許容すべきことになるのではないのか。リベラル派は、
憲法の人権保障規定が、法律の内容を拘束するものと主張、法による規制は最小限
であるべきとの立場をとりつづけてきた。彼の主張はこれに真っ向から反対するも
のであった。藤岡のほかにも、右派の改憲案をみると、法による自由や人権の規制
強化を可能にしようともくろむものが多々あった。
しかるに、この有様である。
個人の自由は他人の自由を侵害しない限りにおいて最大限みとめらるべきで
あるが、いまさら、個人の自由を批判してきた右派が自分たちの人権を守れと
主張しようとでもいうのだろうか。
もちろん、権利を主張する自由はあるが、少しは恥というものも知るべきであろう
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