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【12月25日4限 意見・感想】

1 : 三浦光太郎 :2025/12/23(火) 14:19:33
授業に出席された方はこちらに意見・感想を書き込んでください。
なお、こちらに書き込むことで出席とみなします。〆切は26日(金)23:59 までとします。
これを過ぎると出席点に加算されませんので、〆切厳守でお願いいたします。
3回生の報告に入りましたので、以下の条件での書き込みをお願いいたします。
*報告者2人分(1コマ分)で1投稿 ・報告順に従い、
 ①―さんへ  
 ②〜さんへ と宛名を明示してから本文を書き込む。


2 : 三好瑠斗 :2025/12/25(木) 15:47:29
①白川さんへ
報告お疲れ様でした。3回生の三好です。
鎮守府の設置と住民の受容について興味深く聞かせてもらいました。
舞鶴における鎮守府設置と質疑応答でも伺いましたが、漁場の制限など地域資源への影響が気になりました。
鎮守府設置以後の発展や展開に視点が当たっている印象を受けたので、前後比較の整理もお願いしたいです。
今後の旧住民と新住民の受容の流れも楽しみにしています。
引き続き頑張ってください。


3 : 渡辺結大 :2025/12/25(木) 16:06:22
①白川さん
報告お疲れ様でした。3回生の渡辺です。舞鶴の海軍都市としての性格を歴史を追ってまとめられていて大変勉強になりました。軍縮後に教育機関や観光客を呼び込むための政策があったことははじめて知りましたが、他の軍港都市と比較しながら、軍事的な側面以外の特徴を探ると面白いのかなと感じました。
今後も頑張ってください。


4 : 福田敬知 :2025/12/25(木) 17:38:32
①白川さんへ
報告お疲れさまでした。4回生の福田です。
舞鶴の軍港都市化について、地元からの理解がどのようなものだったのかというところについて、海軍―地元にノイズが発生することが興味深かったです。
この問題の解決として、舞鶴側で海軍側に対抗していたアクターがいたのかどうかに着目する方法は一つとしてあるのかなと思いました。


5 : 吉田智宙 :2025/12/26(金) 13:19:18
報告お疲れ様です。3回生の吉田です。

白川さんへ
自分は春セメスターの報告を聞いていなかったのですが、それでもテーマなのかが理解できる、とても分かりやすい報告だったと感じました。
今回の報告を聞いていて、以前別の授業で、当時の軍港には軍人専用の遊郭があったと教わったのを思い出しました。この時取り上げていたのは呉の軍港でしたが、他の軍港にもある可能性があるので、もし舞鶴にあったのであればそこから舞鶴市民と海軍の接点を探る上で何か手掛かりになるのではないかと感じました。

以下、その授業のスライドで参考文献に出されていた論文です。
また、参考になるかどうかは微妙な気がしますが、以前読んだ京都の戦争遺跡に関する本にも舞鶴について書かれていたので、そちらも挙げておきます。

お互い良い卒論が書けるよう、今後も頑張りましょう。

[情報提供]
・加藤政洋「軍港都市の遊郭空間」(上杉和夫編『軍港都市史研究Ⅱ 景観編』(清文堂、2012))
・池田一郎・鈴木哲也『京都の「戦争遺跡」をめぐる』(つむぎ出版、1996)
・戦争遺跡に平和を学ぶ京都の会編『語りつぐ京都の戦争と平和』(つむぎ出版、2010)
※上記の3冊のうち下の2冊については国際平和ミュージアムで閲覧できます。


6 : 泉晴輝 :2025/12/26(金) 17:18:52
報告お疲れ様です。四回生の泉です。
ボリュームが少なかった印象がして少し残念な気がしましたが、今後の進捗次第では、有意義な論文がかけるのではないかと思いました。
まず、「海軍がどのように地域に受容されていったか」ということを知りたいのであれば、史料1を扱ったあたりの年代で、住民の生の声がよせられた新聞記事、日記等がありましたら、より鮮明な報告になれたのかなと思いました。用地買収の際の住民の実際の反応をしることで、より、「どのように受容されていったか」がわかるのではないでしょうか。
また、鎮守府設置によって舞鶴の都市化が進んだことはわかったのですが、それらの先行研究との違いがイマイチよくわかりませんでした。「どのように軍が受容されていったのか」ということに関してさらに深堀し、先行研究との差別化を図って良い論文にしてください。


7 : 橋本明日香 :2025/12/26(金) 17:31:35
報告お疲れさまでした。4回生の橋本です。
前回の報告からかなり方向性を絞って研究されていたので、前回からしっかり研究に向き合って方針を固めたということが伝わってきました。
先行研究整理をもとに舞鶴の軍港都市化と地域住民からの受容という部分にオリジナリティーを見い出せていた点が良かったと思います。
この分野に疎いので良い助言ができず申し訳ないのですが、今後もこの調子でがんばってください。卒論を書くにあたって史料は多いに越したことはないなと私は感じたので、もっと史料に目を通してみてもいいんじゃないでしょうか…?


8 : 小林希颯 :2025/12/26(金) 20:26:46
報告おつかれさまです。4回生の小林です。
とても綺麗にまとまった印象でした。先輩方にも軍の需要を研究されている方がいましたが、新聞などのメディアに載っている部分が、全ての住民の意見だと捉えていいのかとよく指摘されていた記憶があるので、史料批判もしつつ読み進められるといいのかなと思いました。これからも頑張ってください!


9 : 仲澤美桜 :2025/12/26(金) 23:52:09
報告お疲れさまです。3回生の仲澤です。

白川さんへ
舞鶴に鎮守府が置かれていたことは知っていたのですが、日露戦争以後、軍縮の時代になって軍港から降格していたのは知らなかったです。軍縮によって海軍施設を利用することができるようになり、体制の変更があった部分をもう少し掘り下げるとより良かったのかなと思いました。
これからも頑張ってください!


10 : 高井結菜 :2025/12/26(金) 23:56:33
報告お疲れ様でした。4回生の高井です。
他の方もおっしゃっていたように報告の内容としてはまとまりがあった印象を受けました。ただ中舞鶴や新舞鶴(間違ってたらごめんなさい)、豊岡県など、固有の語句が度々見受けられたので、その辺の説明が少しあるとより分かりやすい報告になったのかなとも思います。また、今後は各種新聞や自治体史などに幅広く触れていって、より詳しく幅広く言及できるとより良い研究になるとも感じました。


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