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自覚の方法に関すること

363慧空:2015/11/05(木) 06:57:31
>着信音に対しての「怒られる」と言う恐れの意、(感情、思考)が先にあったからと言う事でしょうか。

意が先にあったというか、着信音が反応しやすい囚われ(種、カルマ)が先にあるということなのです。
例えば、「クレームを受けることはいけないことだ」とか、「評価されないとダメだ」等の囚われがあったのだろうと思います。

>認識(する私)がある限り思考が発生するのなら、逆説的に言えば、認識がなく(認識する私がおらず、意識が対象物そのものになる)、純粋に感覚にとどまった時、よく言われる「ありのままをみる」と言う状態になるのでしょうか?

「私」とは意識そのもの、存在そのものであり、世界なんです。
世界がある限り、「私」やその必須の要素である思考も、決して無くなることはないんです。

残念ながら、最終的な悟りである解脱の悟りに至っても、存在(世界)が続く限り、「ありのまま」、あるいは「ありのままを見る」という状態に至ることはありません。
なぜなら、存在がある限り、思考や、こうしたいという意志や衝動は必ず起こってくるからです。
「私」とはそういうものなのです。
本質的にどうにもならない、どうしようもない、にもかかわらず、思考や意志や衝動が起こってきて、
それから逃れることができない、ここに、「私」という存在の根本的な性である「苦」があります。

ちょっと書きすぎました(^o^)


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