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自覚の方法に関すること

361慧空:2015/11/04(水) 23:14:31
いえいえ、私は誤解してないと思いますよ。
初心者さんのいまの状態をそれなりに把握してると思いますよ。
うまく表現できませんが、文章として書かれている内容ももちろん判断のヒントにしていますが、
それに増して、感じるようにして分かる部分があるんです。
分かるときは、短い一行の文章でも、その人のことが分かるときがあります。

意識の焦点の件ですが、意識の焦点はかならず一つだけ、つまり意識は一つだけ、
というのは、まさにその通りなんです。

>意識の焦点は1つであり、感覚、感情、思考を行き来しているのであれば、人間が認識するものは全て、感覚、もしくは感情が発生して、そこから思考へと移る、一連の意識の流れがあると言う事でしょうか?
(視覚、臭覚、味覚、などは感じた時点でもうすでに思考が入っている)

私の意識の展開についてある程度は詳細に観察、追求しましたので、それなりのことは分かっていて、
それをここに書くことはできますが、それを書いてどうなるものでもないので、どうしようかと思っているのですが、
どうしましょうかねぇー(^_^;)
ちょっと書きましょうか。

意識の展開についてご自分でもよく観察されるといいと思うのですが、
意識の展開は、六根の連鎖的な連なりなのです。
六根とは、五感と意でして、意は感情等を含む思考のことです。
そして、意識の展開の起点になるのは、多くの場合、五感、あるいは五感の認識なのです。
最初の五感の認識があり、それに反応、あるいは誘発されるようにして、感情等を含む種々の思考が連鎖していきます。
但し、私としては、最初に五感でなく意が来ることもそれなりにあるように思っています。

>それとも認識が伴うものでも、思考には変換せず、純粋な感覚、感情だけで体験する事は可能でしょうか?

それは不可能です。
絶対不可能とは言いませんが、思考が介在しない意識の展開は、おそらくあり得ないと思っています。
なぜなら、意識の要素の中で、実は「思考」こそが、「私」の最も本質的な部分だからです。
「私」が存在する限り、「思考」の発生は不可避です。
但し、囚われが減るに従って思考もある程度の最低限のレベルまで減少していきます。

>自覚をするにあたり、認識するものには全て思考がセットになっているのだとしたら、自覚出来ていない思考がもの凄い数になるのでは?と言う疑問と、自覚をマスターされている方は、ここまで詳細に意識の移り変わりを捉えられておられるのか?と思い質問させて頂きました。

そうなんです。
思考はもの凄い数で次から次に起こってくるんです。
そして、それをすべて自覚するのは、そもそも不可能なのです。(^o^)
しかし、不可能だと最初から諦めてしまうのはどうかと思います。
やはり、すべての思考を自覚するぞ、という強い意気込みが自覚には大切なのです。

さらに何かありましたら、遠慮なくどうぞです。


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