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秋田の聖母

1カトリックの名無しさん:2024/05/13(月) 11:03:34
秋田の聖母

 秋田の聖母(あきたのせいぼ)とは、
 日本の秋田県にあるカトリックの在俗修道会「聖体奉仕会」で起きたとされる
 一連の奇跡現象を意味する呼び名。
 「秋田の聖母」は、教区司教によって認可された数少ない聖母出現の一つであり、
 日本より海外での知名度の方が高い。

◆ 概要

 発端は1973年に、同会所属の修道女の手の平に、
 出血を伴う十字架型の傷が現れたことである
(これは聖痕と呼ばれ、世界各地で、ときどき事例報告がある)。
 そのほかにも、木製の聖母マリア像からの101回に渡る落涙および芳香現象、
 3つのお告げなどの奇跡があったと言われている。
 これらの奇跡は1984年まで続いたとされている。
 その他、韓国の婦人の脳腫瘍の消滅等、出現に伴う病気の快癒現象がいくつか報告されている。

 1984年には、調査の結果、当時のカトリック新潟教区長であった伊藤庄治郎司教により、
 「奇跡としての超自然性を否定できないので、
 教区信者の巡礼を禁じない」という公式声明が出された。
 この声明は、一連の現象が詐欺的、病的、異端的、邪教的なものではないと
 確認されたことを意味する。
 この伊藤司教の声明は、1988年にバチカン(教皇庁)の
 教理聖省長官のラッツィンガー枢機卿(後の教皇ベネディクト16世)によって正式に受理された。

◆ 預言

 また、その修道女は病気の治癒や奇跡と並行して、
 聖母像の方向から、えも言われぬ美しい声のお告げを聞いた。
 一度目は1973年7月6日、二度目は7月28日であり、
 内容は、初回は修道女への同情と耳の不自由の治癒の予告、
 二度目は、人類への警告と要請であった。
 具体的には、世の多くの人は主を悲しませていること、
 聖母はそれを慰める者を望んでいること、天主を慰める為に、罪びとや忘恩者に代わって苦しみ、
 貧しさを以ってこれを償う霊魂が聖母の望みである、とするものであった。
 また天主の怒りを知らせる為に、人類の上に大いなる罰が下されようとしており、
 祈り、貧しさ、苦行、犠牲的行為を通じて改心して祈ることは、
 そうした主の怒りを和らげることができる、とされた。
 1973年10月13日には、三度目の聖母からのお告げがあり、
 「もし人類が悔い改めないなら、御父は全人類の上に大いなる罰を下そうとしておられます。
 その時御父は大洪水よりも重い、今までにない罰を下されるに違いありません。
 火が天から下り、その災いによって人類の多くの人々が死ぬでしょう。」としたものであった。
 さらに聖職者同士は対立し、聖母を崇敬する司祭は同僚から侮りを受け、
 これ以上罪が続くならもはや罪の赦しはなくなる、とされ、
 最悪の時には御子の印とロザリオだけが、クリスチャンに残された武器である、とされた。
 ゆえに犠牲を捧げ、熱心に祈りなさい、と聖母は言った。

 また、他に修道女は天使を何度も目撃し、6月29日には天使は彼女にファティマの祈りを教え、
 ロザリオの各連の後に付けるように、と指導した。
 この祈りは、1917年にポルトガルのファティマで3人の少年少女を前に聖母が教えたものだったが、
 当時は日本ではまだ和訳されておらず、天使が教えたその祈祷文は、
 後に和訳されて日本に広まるものと一字一句違わぬものだった。


◆ (秋田で天使が教えた)ファティマの祈り

ああイエズスよ、我らの罪を赦し給え、我らを地獄の火より護り給え。

また、すべての霊魂、ことに主の御憐れみを最も必要とする霊魂を天国に導き給え。アーメン。
>>2へつづく

2カトリックの名無しさん:2024/05/13(月) 11:06:03
>>1よりつづく
安田貞治神父著「聖母像の涙」より抜粋

”ファチマの聖母出現の出来事は六回あり、十月十三日が最後のものとなったように、
秋田での聖母のお告げも十月十三日をもって終わっている。これは単なる偶然の一致と
は思われない。
ファチマでの聖母の予言、いわゆる第三の秘密は、ルチア修道女によって教皇庁に
伝達されたが、その内容は、いまだに公表されていない。
歴代の教皇もコメントを避けておられる。いきおい、恐慌を煽るような憶測が世に流れて、
人々の好奇心を刺激している現状である。
しかし、この秘密は、全く伏せておくにはあまりに人々にとって重大な事柄であるゆえに、
聖母は秋田の御像を通して、それをいくらか緩和された形で発表されたのではないか、
と私は思う”
〜中略〜
”これが最後と告げられた今回のお言葉のかなめは、人々が会心せぬならば、
やがて怖るべき天罰がくだされる、との警告である。お声がいったんとだえたとき、
姉妹笹川が聖母像を見上げてみると、お顔が悲しげにみえた、という。これは、
この要請に応えて、どれほどの者が祈りと償いの業にはげんでくれることか、
を考えて、その心もとなさを暗に訴えられたのではなかろうか。
聖母は、ファチマでの御出現においても、同様のことを再三強調されたにもかかわらず、
人々は無視してしまったのである。
このたびは日本の秋田の地を選び、ささやかな木彫の像と素朴な一姉妹を
通して、瞠目すべき超自然的現象の認印をもって、この重大な警告をくり返された
のである。”

3カトリックの名無しさん:2024/05/22(水) 13:24:16
>>1-2よりつづく

★秋田の聖母像に関する司教書簡
 安田貞治著 『秋田の聖母マリア』1987 聖体奉仕会発行 p.344-357より引用
 http://mikokoronet.web.fc2.com/akita.htm


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