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教会のカルト化問題を考える

110ponta:2016/10/05(水) 17:28:46 ID:NB42pGyA0
信仰の自由
信仰の自由が発布されていらい、キリスト教は自由に布教できると考える方も多いかと思います。
しかし、日本がいぜんとして隠れキリシタン的世界観を持ち続けていることに変わりはまりせん。
アメリカから与えられたものですから、日本の国内事情に合わないことが多いかと思います。
日本人を得るために、まるで駅前で演説できるキリスト教の信仰生活は無いです。
私に家系はは古代キリスト教会です。ですが、布教に当たり、神社の様にしていますが、お祭りするものは無く、
聖書に書かれているように、イエスの上に家を建てなさい。で、岩の上に小さな家を建てたオブジェを正面に置いています。
ご神体はありません。神道には、自然崇拝と高名な方を崇めることと、この古代キリスト教形式があります。
明治維新には、キリスト教の布教が自由になりましたので、急いで廃止しましたが、氏子として神主は周辺に住み着いています。
皇室もキリスト教信者の美智子妃殿下と雅子妃をお迎えすることが出来ました。何ら問題が無いのですが、皇室が古代キリスト教であることは
公然と伝えることは出来ないでいます。

つまり、日本は、公然とその姿を現すことのできない国だと言うことがいまだに続いているということです。

迫害されるだけとも意見は、正当です。迫害の限度が過ぎて、江戸時代取り締まり時代のごとく事実の迫害が見えないことが問題です。
キリスト教の名を借りて、キリスト教を迫害する裏仕事を、表で堂々と行える時代になったと言うことです。

皇室は古代キリスト教。日本を治めた最初の朝廷です。が、その権威を利用して、神と崇めさせて、戦争に使い切った歴史でもあります。

神社だけでなく、古墳にも十字架に見えるように配置された印が、航空写真で見ることが出来ます。


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