したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

元文学青年の俺が世の中の俗物を徹底的に馬鹿にするスレ

232元文学青年の俺:2026/01/10(土) 13:47:11
とにかく、この句は昔からいい句だなと思っていて、それで満足し、詳細に
ついては知らなかった。
今、蔵書にある山本健吉著『芭蕉全発句』(講談社学術文庫)で調べてみたら、
以下のように解説があった。

--------------------------------------------------
元禄四年正月、大津乙州邸で、商用で江戸へ下る乙州のための送別の席での
歌仙の発句。
(中略)
句意は、これからあなたが下って行く東海道の道中には、初春のこととて梅も
あり、若菜もあろう。あの鞠子の宿には名物のとろろ汁もあって、あなたを
楽しませてくれるであろう、というほどの意。旅立ちをことほぐ意味を籠めて、
道中の目や口を楽しませる初春の景物を並べ立て、言い立てているのである。
早春の東海道の景趣が眼に見えるようである。
(以下略)
--------------------------------------------------

233元文学青年の俺:2026/01/10(土) 13:48:08
なるほど。そういった背景があったのか。

鞠子の宿がととろ汁を名物としていたのも初めて知った。

しかし、すでに述べたように、文学は意味が詳細、確実にわからなくても
感動できるのである。

234元文学青年の俺:2026/01/12(月) 13:49:27
別のスレで印象に残ったセリフがあった。
もったいないので、こちらにコピーしておきます。

--------------------------------------------------
918: ( ´・ω・`):2026/01/10(土) 19:42:09
言葉だけは何があっても懐に入れていける。
--------------------------------------------------

235元文学青年の俺:2026/01/12(月) 13:50:44
ちなみに、このセリフを

言葉はどこにでも懐に入れていける。

と変えてみると、なにやらランボーの詩なんかに出てきそうである。

236元文学青年の俺:2026/01/12(月) 13:52:33
>>227〜229の西村賢太氏の話題に付け足し。

西村賢太氏はタクシーで移動中、体調不良になり、病院に乗り付けられ、
ほどなく亡くなったと聞いている。
その最後の間際にはたして少しは意識があったのかどうか。

>>202で、小林一茶の心境を推察して、
「俺は芭蕉を師と仰ぎ、芭蕉のたどったその道を自分も一心不乱に歩んできた。
俺の一生に悔いはない」との思いがあったのではないかと述べた。

一方、西村賢太氏は、藤澤清造を師と仰ぎ、頻繁にその菩提寺の墓に詣でていた
ことが日記でわかる。
そうすると、死の間際に、一茶と似たような、「俺は藤澤清造を師と仰いで、
それと同じ私小説の道を一心不乱に歩んできた。俺の一生はそれほど悪いもの
ではなかった」という思いが浮かんだかもしれない。
自分としてはそうであってほしいと切に願う。

237元文学青年の俺:2026/01/14(水) 12:58:51
上の書き込みに関連して。

ちなみに、石川啄木には次のような短歌がある。

--------------------------------------------------

こころよく
我にはたらく仕事あれ
それを仕遂げて死なむと思ふ

--------------------------------------------------

西村賢太氏にとっては、「こころよく我にはたらく仕事」が藤沢清造流の
私小説であったと言えるであろう。それがあったことだけは、氏の難儀な
人生の中で幸いであった。
西村賢太、石川啄木のいずれも長くは生きられなかったけれども。

238元文学青年の俺:2026/01/16(金) 12:23:20
ついでに石川啄木の短歌についてもう少し語ってみる。

啄木と言えば、大抵中学や高校の国語の教科書にその短歌が載っている。
けれども、それは決まって、故郷を懐かしく思い起こしたものだったり、
センチメンタルな情感の濃いものだったりである。

しかし、教科書には採用されていない(したがって人口に膾炙していない)が、
心に残る歌がいろいろとある。

例えば、次のようなもの。

--------------------------------------------------

大(だい)といふ字を百あまり
砂に書き
死ぬことをやめて帰り来たれり

--------------------------------------------------

239元文学青年の俺:2026/01/16(金) 12:24:23
つまり、自殺を思いとどまったわけであるが、さすがにこういう歌は青少年に
対する自殺幇助の恐れありとかなんとかで、教科書には載せにくいであろう。

しかし、若年のある一時期に自殺を考えたことのある人間はそれなりに
多いであろう。したがって、この歌が心に響くものがある人間は少なくない
はずである。

240( ´・ω・`):2026/01/16(金) 17:48:48
>>236
日記を検索してみました。文庫化はお手頃になるので嬉しいですね。
『苦役列車』も未読のぽんこつです。
誰か師と仰げる作家がいるのは幸せなことだなあと思います。
お二人の名前を書いてあるnoteを読みました。
大きめの図書館に一日行ける元気が出たら、またいろいろな作家の本を、手に取ってみたいなあ。

241元文学青年の俺:2026/01/17(土) 13:24:23
>>240

西村賢太氏の小説は自分も『苦役列車』しか読んでいません。藤澤清造の
小説はまったく未読です。
書評誌『本の雑誌』に賢太氏の日記が連載されていたので、それで毎月
熟読していました。氏自身の風俗事情、食生活事情がストレートに書いて
あるのが面白く読めた。
(その日記は、当初は別の雑誌で連載していたはずで、どういうわけで
『本の雑誌』に変わったのか知りたいところです)

体調が思わしくないようなので、これからまた寒さが厳しくなる模様、
体調には十分お気をつけて下さい。

242元文学青年の俺:2026/01/17(土) 13:26:18
>>238、239の続き。

教科書にはまず採用されないが、自分にとって忘れ難い啄木の歌をもう一首。

--------------------------------------------------

何がなしに
頭のなかに崖ありて
日毎に土のくづるるごとし

--------------------------------------------------

243元文学青年の俺:2026/01/17(土) 13:27:55
これは、自分という人間の崩壊の予感とでも言ったらいいだろうか。

ずっと昔の若い頃、この歌をよく頭の中で反芻していた。
なんとなく事態は悪くなる一方という感覚が当時の自分にはつきまとっていた。

この歌も青少年には勧めにくいであろう。人を虚無主義にいざなってしまいそう
である(笑)。

244名無しさん:2026/01/19(月) 08:09:40
 啄木、なつかしいです。

 余談ですが、金田一京助氏が啄木について書いた本がありまして、友情に溢れたいい書物だったような(手元にない)。

 新聞小説の連載が決まって、周りへの借金を返していった啄木が金田一氏に「借金って返せるものなんだなぁ」と話す場面。
 ウンウンと金田一氏も応じるのですが、啄木の「借金を返すって、気持ちいいものなんだなぁ」に氏がハッとなる描写あり。こういう真情の発露から短歌が生まれていくのだろう、みたいな話だったような。

 うろ覚えですが、心に残っています。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板