[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
別館羽生結弦&オタヲチスレ臨時避難所
606
:
名無しさん
:2018/06/03(日) 11:37:04
国民栄誉賞 故郷を励まし、励まされ 羽生が思いはせ
毎日新聞2018年6月1日 22時18分(最終更新 6月2日 00時30分)
フィギュアスケート男子の羽生結弦(ANA)に国民栄誉賞が授与されることが1日、決まった。
羽生は日本スケート連盟を通じて発表したコメントで「この賞が被災地やスケート界にとって明るい光になることを願っております」と、地元に思いをはせた。
2011年3月11日に東日本大震災が起きた時、16歳だった羽生は郷里の仙台市のリンクで練習していた。
大きな揺れが起きると、スケート靴を履いたまま命からがら外へ逃げた。避難所生活を経験し、リンクは閉鎖。その後は全国のリンクを転々としながら練習した。
それから7年がたとうとしていた今年2月17日。羽生は五輪連覇を達成した直後の取材で震災について問われ、考え込んだ。
その後の記者会見で改めて問われると、少し沈黙。そして「本当に大変な日々でした」と振り返った後に、こう答えた。
「僕は地震の被害にしか遭っていない。それ以上に苦しんでいた方々がたくさんいると、津波や原発で被災した方々の地に行って、思いました」
羽生は機会を見つけては被災地を訪れ、被災者と交流し、励ましてきた。昨年8月、羽生は言った。 ←★★★
「あれ以上苦しいこと、悲しいこと、不便なこともない。だからつらい時、苦しい時でも乗り越えられる。あれがあったから今があるんだよな」。
被災地出身の選手である自負と、被災地の人々を思う気持ちも力にして、何度も世界の頂点に立った。
今年4月22日に仙台市で行われた、五輪連覇を報告する凱旋(がいせん)パレードでは10万8000人に祝福された。
「復興の手助けとなるような、きっかけとなるような行動をしていけるように心がけないと」。
多くのものを背負いすぎている感もするが、23歳のスターは逃げない。【福田智沙】
https://mainichi.jp/articles/20180602/k00/00m/050/150000c
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板