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浄土真宗掲示板
9
:
名無しさん
:2014/09/08(月) 20:35:16
その様にも表現できるかと思います。
確かに「選ばす、嫌わず、見捨てず」ということをその根本とする阿弥陀の本願は、その対象になんらかの条件を求めるものではないかと思われます。
また同様に、人間のいかなる努力も役に立つものではない、ということも他者の為と偽り自利のみを求める僕自身の現実を顧みるならば疑いようのないものかと思います。
しかし、そのような自身の現実に立つならば、真に人の役に立ちたいと思うことは自身の力では成り立たち得ないのではないでしょうか。
また、救いとは一体何であるのでしょうか。
僕は救うと言われても救いを実感することができません。
情けない話ですが無条件に救うと言われても、ああそうなんだというところで終わってしまいます。
僕個人において救いとは自分自身の為にしか生きられない現実においてなおそれでも人の為に生きたいと願うことができることであると言えるかと思います。
阿弥陀の願いとは法蔵の願いであるかと思います。
それは、一切の人々が心の奥底で願わざるを得ない願いでもあるかと思います。
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