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徒然なるままに

3ラピ。:2013/08/04(日) 18:46:43
あーみん。たん こちらにもようこそ!
(*・ω・*)ポッ

へぇええ!
なかなかよく考えられた話ですね。

あーみん。たんの推理では「神の恩寵」ということですね。

悟りで言えば、実はそういう創造主や神みたいな、外から受ける恩寵は
無視すべきものとなっています。

かつて私が実践してる時に、自分の斜め上方向から幸せな意識みたいなのが
流れてくるのを感じたことがありました。(至る最後のほうの話です)

とても幸せな感覚になりました。

その斜め上方向に意識を向けさえすれば、幸せな気持ちになるのです。

「これこそ愛!なにかが私を助けてくれているんだ!」なんて思ってました。

実はこれも幻で、いわゆる魔境と言われているものです。
ここで立ち止まったらそれで終わり。

悟りは最後には神をも捨てる、と言われていますよね。

ここで「自分は神の世界にいるんだ!来たんだ!」と思って
それで悟ったと思っている人もいると思いますが、違います。

それは、相対次元にまだいます。

至った次元にそんな分離した神はいません。

(何度も言ってるかもですが)その神の愛とは
自分が意図しなければ得られない愛であり、
自分が愛そのものになったわけではありません。

まさしく相対的次元の神でありその次元での想像の範囲を超えていません。

そして外から得られる愛は明らかに自分と分離してる愛です。
本物ではありません。

余談ですが悟りの道の延長上に悟りがあるわけではなく
激流を渡り終えると ふと違う次元にいた、という感じです。

その次元の間にあるのが激流です。
次元を超えることは、簡単なことではありません。

次元を飛び越えるのには勢いが必要で、
その勢いによりかなりの抵抗が起こります。
この抵抗が激流とも言えます。

悟りの道、という表現をすると、その道をずっと歩いていると
いつかたどり着けるような感じがしますけど
実はそういう直線的なものではなく次元が違うという感じかな。

(*・ω・*)ポッ


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