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肉食忌避の問題について

6童子:2013/01/16(水) 14:05:38

 この問題に連関して、或る日道場からの帰りに私を追いかけて来た一人の青年が、

 『食物は動物食を食べなければ、食べないで生活出来ますけれども、社会生活を送っている上から革靴等は穿かずに生活することは出来ません。しかし皮靴を穿けばやはり動物を殺さねば皮は得られませんから、肉は食わなくとも殺生をすることになると思います』

と真摯な面持ちで私にたずねかけたのである。その青年の足もとを見ると皮の靴をはいていた。

 『それは君が決心すれば、下駄を穿いて出勤すると云うこともできます』

と私は自分が穿いているゴム靴に眼を落しながら 『僕の穿いているのも動物性ではありません。』

 『しかし下駄穿きでは事務所へ入ることは出来ません』 とその青年は云う。

 『君が決心が出来れば、途上は下駄を穿いて往って、事務所は上草履を穿くことも出来ます』

 『だけどもそう云う下駄も上草履も得られなければ・・・?』

 『それは君の決心一つで、跣足ででも生活出来るのです。一度そこまで人間は真剣に自分を追いつめて考えて見ることが必要です』



 私の心の中には、過去の青年時代の自分が浮び上がって来た。空気を吸っても、空気中の微生物を殺さねばならぬし、道を歩いても無数の昆虫その他の小さな虫を踏み殺さねばならない。思えば息を吸うことも、水を飲むことも、歩むことすらも出来ない世界に窒息しそうなその頃の〝ひたむき〟な自分を思い出したのである。


 『・・・・そうして出来るだけ自分を追いつめて往って、もう二進も三進も行かなくなったとき、詫びつつ祈り祈りして生活する。兎も角殺生を正面から肯定しては可けない。

 そこから忽然別の世界がひらかれて来るのですよ。殺し合いだと見えた世界が殺し合いの世界でないとわかって来る。生命は互に問題と問題を提供しつつ生かし合っている。生命は死なない、永遠に死なないと云うことが解って来ます。

 色々の問題、切実な悩みは、それを解決しようと努力することによって、魂が進化し向上するための課題だとわかってまいります。

 あなたの靴が牛革か馬革か知りませんが、牛も馬も生命は死なないとしたならば、それは殺生ではない、ただ牛や馬の生命が自分の生命力で造り出し、或る期間つかい古したこの「皮袋」を、二度のお役に人間のためにつかうと云うことになるでしょう。

 若しあなたが偉大なる聖者になれば、聖者の靴となて自分の屍を捧げたいと云うのがその牛馬の魂の本心の願いではありますまいか。


 聖者の役に立つと云うことによって其の功徳によってその牛馬の生命も異常に進化する。法華経の中には仏に自分の身体を献げることが無限の功徳であると云って、自分の全身に香油を潅いで燃やしたら八万四千歳の間燃えていて、燃えつきると同時に忽然と新生している一切衆生憙見菩薩(きけんぼさつ)の事が書いてあります。


 あなたの生命は真に仏になるならば、どんな革靴を穿いても、肉食をしても、それは却って偉大なる功徳をほどこすものとなる。形を見れば同じ肉食であり、革靴をはくのであるかも知れぬが、外形だけを見て判断してはならない。

 とも角、君の地上生活が偉大になり、浄まり、多くの人々を救い得る人となれば、あなたの地上生活を維持するために必要な一切の行為は浄まったものとなる。


 まず自分が浄まることが大切だ。』


           新版『幸福生活論』 人生研究ノート 181 〜197P


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