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トキ管理人の悪口を書く板
204
:
神の子様
:2018/11/28(水) 20:10:42
ラマナマハリシ
「わたしは誰か?」 20世紀最大のインドの聖者・智者
ラマナマハルシとも言う。Ramana Maharshi
ラマナマハリシ
1879年(明治12年)12月30日、南インドのタミル・ナードゥ州、ティルチュリで生まれる。17歳であった高校生時代のある晩に、突如として死の恐怖に襲われる。それをきっかけに自分に問いかけをして、その結果、見性する。
それまでは水泳が得意の普通の高校生であった。
それ以後毎日部屋でその至福を楽しむための瞑想をするようになった。
それを知っていた兄が数ヵ月後のある日、瞑想するラマナを見て、ヨーギになりたければ家を出て行けと言った。言われたとおりラマナは家出をして、マドラス(チェンナイ)にほど近いティルバンナマライの聖地アルナチャラの寺院の地下に行き、そこで瞑想を楽しむ。
洞窟に移り住んで16年瞑想を続ける。学僧や修行僧によって、偉大な智慧を持つ人として発見され、さらに7年間弟子たちとともに山腹に住む。
そののちラマナ・マハリシのためにアシュラムつまり道場が建てられ、そこに請われて住むようになった。
徐々にそこに人が集まるようになる。
真理を求めてインド国内のヨーギや聖者やグルに会い続けていたイギリス人ポールブラントンがやってきて、ラマナマハリシのことを本に書いて知らせることで有名になった。
それ以後、インド国内はもとよりイギリス、アメリカ、ヨーロッパから、究極の教えを求める人が集まった。
アルナチャラの山中に作られたアシュラムで一生を過ごす。たった一度たりといえどもアルナチャラを離れなかった。
アルナチャラの山をこよなく愛した。
ラマナ・マハルシの持ち物はふんどしと水を入れる瓶と晩年の杖だけであった。
1950年(昭和25年)に亡くなるまで相当な数の人が来訪した。
ラマナは17歳以降一度も自宅には帰らなかったが,晩年、母親がアシュラムにやってきてラマナ・マハルシの弟子となって修行した。
21世紀の女性クリシュナムルティとも言える米人既婚女性・アントワネットRヴァーナー(ガンガジ)(平成の悟りを開いた人参照)の師のシュリープンジャジの師匠はこのラマナである。
ガンガジは現在アメリカ西海岸に住む。
2010年の現在、ついにラマナのアシュラムには観光バスがどんどん押し寄せてくるようになった。道元禅師の永平寺と同じ運命をたどっている。
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