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「うのはな」さん 専用掲示板
992
:
シャンソン
:2016/10/07(金) 20:16:48
おかあさんといきます
一行だけが書かれていた。
「おかあさんといきます」
母子心中の現場にあった遺書である。
心中したのはまだ小学校低学年くらいの女の子とその母親だった。うす暗いアパートの一室で
二人が横たわるようにして見つかった。その遺書あ、その女の子が書いたものであった。まだきちんと書けない幼い字で書かれてあった。
そして、その女の子の遺書の隣の枕元には、母親が書いた「この子は一人では生きていくのが大変です。だから二人で死にます」という遺書も見つかった。
女の子は耳に障害があり、聞こえなかった。母親が子どもの将来を悲観したのであろう。耳が聞こえないから将来苦労する、私が生きている間はいいが、死んで
この子一人になってしまったらどうやって生きていくのだろう、一人では到底生きていけない、と日々思い悩んだ末の、の選択であったのだろう。
閉め切った部屋でガスの元栓を開けた一酸化中毒による心中事件であることは間違いなかった。しかし、この二つの遺書が問題であった。
二人が合意の上で心中をしたならば、母親も子どもも自殺としての扱いになるが、子どもが死ぬことに合意をしていないならば、母親が自殺で子どもは母親に殺された他殺となる。
この子は、自分の意思で自殺しようと思って「おかあさんといきます」という遺書を書いたのだろうか。筆跡から、この女の子が書いたことは間違いない。
しかし、母親にこのように書きなさい、と強制されて書いたものかもしれない。しかし、それがどちらなのか分からない。
その判断は監察医と警察によるものになる。この違いによっては、保険に入っていたら保険金の支払いなどが大きく変わってくるため、判断が難しい上に責任重大である。残された状況をきちんと判断し、見極めなくてはならない。
担当の警官と議論になった。警官は「これはこの子が自分で書いたものだから二人とも自殺という扱い」という意見だった。
しかし私はまだ七、八歳の幼い子は「死ぬ」ということが何なのか、どういうことなのか分かっていないはずだと思っていた。
この場合も本人が死ぬ意思を持って書いたのではないという意見であった。「これからお母さんと一緒に逝くのよ」と言われたものの、この女の子はお母さんの言うことの意味が分かっていなかったのではないだろうか。これが十五、六歳であれば、
死ぬ意思があったとして遺書として認められるであろうが、まだ七、八歳である。
結局警官と話し合い、まだ成人に達していない子であるから遺書として認めないこととし、子どもは母親に殺された他殺、母親は自殺とされ、母子無理心中となった。何歳になったら遺書として認めるのかという法律はなく、その場の状況で判断するしかないのである。
こういう事件にぶつかるといつも難しい判断を迫られる。
『監察医の涙』 上野正彦 著
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