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「うのはな」さん 専用掲示板

4579シャンソン:2018/10/30(火) 19:15:21
     せまい井戸から出られるときがくる

 最近、私は福島の子どもたちのことで、気になることを聞いた。
町に住めなくなり、全国に移住した子どもたちに対しての、いじめである。
 福島から来たと知ると、「ばい菌」だの「うつる」だのと言うようだ。

 中には、「お金をもらってるじゃん」と言われるという。お金とは、おそらく国から出ている災害の補助金などのことであろう。
これはあまり子どもが知っているようなことではないので、おそらく親が口にしているのだろう。そう思うと情けなくなる。
 人間、困ったときに助け合うのはあたりまえのことである。そのためのひとつに税金というものがある。

だが、私が言いたいのはお金の問題ではない。どうして住民が、ふるさとを追われなくてはならなくなったのか、なぜいまだに帰れないのか、ふるさとを捨てなくてはならなくなったのか。
その根っこのところをよく考えてみてほしいと思う。突然やってくる天災は、人の手ではどうしようもないところがある。だが、やがては復興できる。しかし、これは福島の原子力発電所の事故が残した、
災いであり、天災とはあきらかにちがう。

 あの日、2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災で、たくさんの人が亡くなった。日本中の人が泣いた。それだけでも大変なできごとであったのに、さらに原発の被害をこうむり、農業も漁業もだめになった。そして住民は
ちりぢりになって、知らぬ土地に住まわなくてはならなくなった。そういう人たちに、なんとむごい言葉をはくのだろうか。
 あれから7年、成人式をむかえた当時13歳だった子らは、「福島出身です」と言えずに、かくしていると聞く。なんとも悲しい。1945年(昭和20年)、終戦の年に起こった、広島や長崎のできごとも同じであったろう。いつもと同じはずだった。
あの夏の朝。起こった大惨事に人々はなすすべもなかった。私は北海道にいて、何かとてつもなくおそろしいことが起こったと耳にした。

 被害にあった人の、誰ひとり悪くはない。誰の責任でもない。皆、学校に行ったり、どこかの職場で働いていたまじめな人たちであった。だが、被ばくして生きのこった人たちやその家族は、その後、さまざまな偏見にみまわれた事実がある。

私は講演で、いじめの問題についても話すことがあるが、終わったあとに必ず何人かがやってきて「私は、子どものころいじめられていました。今日の先生の話はうれしかったです」と言ってくださる。
だが、いじめた側の人間が来たためしがない。いじめた側は、自分がいじめていたことすら忘れているのかもしれない。たとえ覚えていたとしても恥ずかしくて言えないのだろう。
「私はいじめっ子でした。ずいぶんえらそうにしていましたが、いじめなんて人生の何の足しにもならない。今は貧乏で苦しい生活をしています」などと言ってくる人はいないものかと思っている。そういう人たちが「いじめなんかしても、いやな思いが残るだけだから、やめろよ」と言ってくれたら、いちばんいい。

つづく


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