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読書紹介板
790
:
アクエリアン
:2018/07/14(土) 21:26:34
コリン・ウィルソン、オウムを語る1
---オウム真理教の信者の多くが高い教育を受けていることが注目されているが、彼らは 麻原の何に惹かれたのだろう?
コリン・ウィルソン それは<救世主>にまつわる普遍的な疑問で、さして驚くには当たらない。 そこで明らかになるのは、精神的な飢餓と渇き、つまりユングのいう、超越への渇望だ。かつて ユングは、自分の患者で中年を過ぎ、ひどい心理障害をかかえている人は、その問題が基本的 に宗教であると驚くべき発表をした。ユングがいわんとしたのは、もちろん信念の問題であり、 目的意識の問題であり、人生の意義の問題だった。それが1930年代チューリッヒの話なのだから 現在ではどれくらいたくさんのケースで当てはまるか、推してしるべしだろう。知的に優れた人間と いうものは、知性派でない人たちよりいっそうの超越を必要とする。したがって、自分たちの教義を 知的に正当化できると主張する宗教は、とりわけ多くの信者を集めるのだ。それは珍しい現象では ない。実際には、高い教育を受けていればいるほど、インテリであればあるほど、知性が懐疑を呼び その懐疑から解放してくれる絶対的な信念とでもいうものが欲しくなる。
そして70年代以降、オウム真理教に類する宗派がおびただしく増え、また日本の物質主義に愛想 をつかして、信じられる何かを探し始めた若い世代がそうした宗教団体に安らぎを見出していった。 私の著作は、どうも英国よりも日本の方で高く評価されているらしが、それはかねがね感じてきたように 英国が結局文化的には未開発国であることが原因だろう。文化的に不毛の地に済んでいる英国人は 考えるということをしない。実に狭量な島国根性の持ち主で、同時に自分たちの優越感に凝り固まって いる。だから英国では過激な宗教カルトは見当たらない。そういう教団が根付きにくい風土なのだ。
逆にアメリカでも日本でもハイデッガーがいったところの、日常性の凡庸さ(triviality of everydayness) から逃れたいという渇望が英国人のそれよりかなり激しく、カルトに共鳴しやすい。それだけでなく、 意識拡大という概念に対する知的な関心も遙かに高い。これは是非とも強調しておきたいのだが、 それこそがすべてなのだ。ヴァン・ゴッホも経験したあの瞬間、天地万物すべてが無条件に素晴らしい ものに感じられるあの体験だ。
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