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読書紹介板

335神の子様:2017/12/15(金) 19:09:44
5114: シャンソン :2015/11/13(金) 20:48:54 ID:Ltk0JAx6
     反対する個人を抹殺する手法

 一方で、このようなやり方に対して抗議する「個人」に対しては、「キャラクター・アサシネーション」、
つまり人物評価の破壊という手法がとられる。
 たとえば、ある政策に反対して人気を博するA氏を貶めたい場合は、どこの国でも破廉恥罪や暴力関係などが多いようだ。
また国によっては、言いがかりとしか思えないような罪で逮捕され、あるいは強姦容疑などをでっち上げられて逮捕、という場合もある。

 この場合、裁判でもよほどの力が働かないかぎり、無罪を勝ち取ることはできない。
そうなれば最後、その人物の社会的信頼は「ゼロ」となってしまい、また一人、また一人と反対意見を言う人間が消えていくという具合になる。
これは残念ながら、日本を含む先進国においても、今日なお十分に現実味のある話だ。

 たとえば、上智大学の渡部昇一名誉教授は、田中角栄の裁判に関して「東京裁判以上の暗国裁判!」と論じておられる。
かつて日本の司法を信頼していた渡名誉教授は、田中裁判において、反対尋問さえ許されなかったという裁判上の手続きを問題視されたが、当時は「田中角栄=悪」という風潮が
メディアから強力に発信され、〝角栄憎し〟という姿勢を前面に出す司法関係者からも、司法の自殺ともいうべき発言が連発されたという。
やがて終いには、裁判手続きを問題視しているだけの渡部名誉教授ご自身まで、田中角栄擁護派(=胡散臭い)というような眼差しで見られるようになったのだそうだ。

 渡部名誉教授はこの頃を回想され、
「マッカーシー旋風のとき、『付き合っただけで有罪(guilty by association)』という言葉がアメリカで流行りましたが、田中氏に関しては、『裁判に批判的な事を言っただけで有罪
(guilty by vindication)』という言葉でも必要になりそうな、そんな異様な時代だったのです」と書かれている(渡部昇一著『朝日新聞と私の40年戦争』PHP研究所、一二五ページ)。
このような状況にあって、社会的に批判されている側に立って物事を発言するのは大変に勇気のいることだが、これから日本は、より厳しく、より混乱した世界情勢に否応なく巻き込まれるであろう。
若い世代も、渡部名誉教授のこのような「覚悟ある姿勢」に、大いに学ぶべきである。

  『なぜ「イスラム国」は日本人を殺したのか』 丸谷元人 Jounalist 著


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