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読書紹介板

1424アクエリアン:2019/04/27(土) 15:00:42
僕のオウムでの肌感覚で言うならば、全体主義社会でリーダーの強調する考え方が増幅するスピードは、それを実践する者たちのリーダーに対する思慕の強さによるのではないかと思う。「オウム事件 17年目の告白」で上祐氏が述べたように、オウムの出家制度は特徴的な効果を現した。オウムの教えは、実際にはグルへの完全な帰依とグルによるイニシエーションであり、普通はそのような教えを好む者でなければ出家までは至らない。元アレフ代表の村岡達子は7月7日配信のデイリー新潮のインタビューで「私にとっては尊師(麻原)も王様のような存在でした。全身全霊で奉仕するのが私の生きがいなんだ、ということが改めて分かりました。」と語っているが、僕自身も思春期の頃、自分の人生をかけられる尊敬すべき対象を探して苦悩していた。上祐氏も母子家庭だったために、自らに欠如していた父性を満たす対象として麻原を求めた。本書には土屋が遠藤の管理下に入ったために、麻原に会えないことに耐えられなくなったという記述がある。麻原のカリスマ性がオウムを支えたことは明らかだが、それだけでは犯罪を犯すほど先鋭化した理由を説明できない。やはり麻原がヴァジラヤーナの教えを説き、犯罪行為を指示するといった「悪」の種を蒔かない限り、地下鉄サリン事件までの結果には至らなかったと言っていいだろう。サリン70トンを目標とする第七サティアンのプラントの製造に至らせたのは、土屋の存在と麻原のカリスマ性と言えるが、その計画を動かせたのも麻原による指示があったからである。地下鉄サリン事件の裁判で第6サティアン3Fのシールドルームで村井が計画の概要を説明した時、麻原の指示であると明かしたか否か証言がわかれたが、どちらにせよ麻原の弟子の本懐としては、グルの指示と認識しなければ事件を起こす動機にはならなかったはずだ。


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