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読書紹介板

1111アラッシー:2018/11/17(土) 17:10:56
  『あるクリスマス』 トルーマン・カポーティ 村上春樹訳 一部抜粋

 でもまだ僕はニュー・オリンズから解放されたわけではなかった。
問題は密造酒をいれた大きな銀色の水筒だった。たぶん僕が帰っていなくなってしまうからだと思うのだが、
父はそれを一日中がぶ飲みしていた。そしてバスの停留所まで行く道筋、父は僕を震えあがらせた。

 僕の手首を掴んでかすれた声でこんな風に囁いたのだ。「お前を帰したりしないぞ。あんな気の触れた連中の中にお前を帰すわけにはいかないんだ。
あいつらのおかげでなんてざまだよ、まったく。六歳、もうすぐ七歳だっていうのに、まだサンタクロースがどうこうなんて言ってる!まったくあいつらのせいだ。
聖書を読むことと編み物をすることしか能のない意地の悪いオールド・ミスと、飲んだくれの年寄りども。なあいいか、バディー。神様なんぞいないんだ!サンタクロースなんてのもいないんだよ」。

 父は僕の手首を痛くなるくらいぎゅっと強く握った。「ときどきな、俺はこう思うんだ。こんなことにしちまった責任をとって、俺もお前の母さんも、二人とも自殺するべきなんじゃないかってな」
(父のほうは自殺したりしなかったが、母は自殺してしまった。彼女は今から三十年前に睡眠薬を飲むという道を選んだ)
「どうかキスをしてくれ。お願いだからキスしておくれ。お父さんに愛してるって言ってくれ」。

 でも僕は口をきくことができなかった。バスに乗り遅れるんじゃないかと僕はひやひやしていた。
それに僕はタクシーの屋根にくくりつけられた飛行機のことが心配でたまらなかった。「なあお父さんに愛してるって言ってくれ。お願いだよ、バディー、言ってくれ。頼む」
でも僕にとってありがたいことに、僕らの乗ったタクシーの運転手は気のいい男だった。彼の手助けと、何人かの有能なポーターたちと親切な警官の手助けがなかったら、停留所に着いたときいったいどういう
事態が生じていたか僕にはまったく見当もつかない。

 父はよろよろしていて、まともに歩くこともできなかった。警官が彼に話しかけて気を落ち着かせ、手を貸してまっすぐに立たせた。タクシーの運転手は彼をちゃんと家まで送り届けると約束してくれた。でも父は
ポーターたちが僕を無事にバスに乗せるのを見届けるまではそこを離れようとはしなかった。バスに乗りこむと僕は座席の中に身をかがめて目を閉じた。僕はこれまでに感じたことのないような痛みを感じた。体じゅうのその激しい痛みが刺した。
重い靴を脱いでしまえばそんな身を裂くような恐ろしい苦悶も終わるだろうと僕は思った。それで僕は靴を脱いだ。でもその不思議な痛みは僕の体を去らなかった。ある意味では、その痛みはずっと今にいたるまで僕の体の中に残っている。そしてこれから先も去ることはないだろう。
十二時間後に、僕は我が家のベッドの中にいた。


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