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非武装信仰板

976シャンソン:2017/01/10(火) 18:44:36

 谷口の年来の疑問は、「生命とは何か。生命は何処より来り、何処へ行くか」ということであり、
これを知るのに二つの方法ありとし、一つは主観的方法であって、直観によって一挙に生命の実相に跳び込む方法であり、
もう一つは客観的方法であって、これは心霊術など霊媒実験によるものとする。こうしたところから、かねて浅野和三郎のもとで
はじめた心霊研究のことを外国の文献紹介で認識しようとする。

 そうして読んで理解した発表機関として、倉田百三の主宰する『生活者』にその場を求め、大正十五年六月号から翌昭和二年七月号までこれを連載する。
二歳年長で三十五歳になっていた倉田はこの五年六月号から昭和二年七月号までこれを連載する。二歳年長で三十五歳になっていた倉田はこの年、個人雑誌『生活者』を発行するが、
その資金には大森の家を売却することによってまかなっており、せっかく雑誌ができたのに、当人は強迫神経症に悩む時期である。

 そして、しきりに彼なりの「生命の実相」の表記で、彼のいう「法的自然主義」のことを示そうと努力する。それは道元の「彼方より行はれて」、親鸞の「弥陀のはからひに任せて」、
漱石の「天に則して」の心持であって(鈴木範久『倉田百三』大明堂、一四四頁)、法爾自然のことをあらわしているようでもある。この「生命の実相」という表現は、倉田が谷口に示唆したものか、谷口が倉田に
教えたものか、興味ある関係と思われる。いずれにせよ、谷口はこの倉田の雑誌に場をかりて、思う存分、心霊研究の紹介につとめる。そして谷口の執筆に対し、倉田は「色々と珍しい事実や、考えさせられる処が多くて有益であった。
この種のものとしてはめずらしく豊富な感のある文章であった」
(『生活者』昭和二年七月号)と感謝の意を述べている。

   『谷口雅春とその時代』 小野泰博 著


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