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非武装信仰板

916シャンソン:2016/12/11(日) 23:32:20
   岡 正章氏のブログより

 幕末の歌人、八田知紀(はった・とものり)は、この日本国が「中(みなか)」の本源に還元するとき、どんなに一時濁っているかのように見えていても、本来の姿に澄みかえることを次の如く歌っている。
    いくそたびかき濁すとも澄みかえる 水や皇国(すめくに)の姿なるらん
 現象を追いまわす知識や、従来の現象から蒐集した先入観念で、事件を処置していると必ず行きすぎや、やりぞこないが起こってきて混乱状態に陥るときがくるのである。それは常に「現在」には「過去」になかった要素を含んでいるからである。
 その混乱がきたとき、イザナギの神が「天津神(あまつかみ)」のところへ詣昇(まいのぼ)りて、「天津神」のみ心を聴きたもうたようにすれば、そこから実相本来の知恵がでてきて、混乱が収拾され、混乱と見えたものが、新たなる発展の契機となって、混乱以前の状態よりも、尚一層よい状態に移行することになるのである。(中略)
 「天津神」とは宇宙本源の太極(たいきょく)であり、絶対無であり、一切現象の未だ出現せざる以前の「中(みなか)」であり、そこに還元することによって現象界の乱れや歪みが去るのである。
 その絶対無なる「中」への還元の修業が、茶道といい、華道といい書道といい、剣道といい、武道といい、歌道といい、神想観というのである。
 すべての日本的芸術または作法が「道(どう)」になったのも、左右分化的な分裂病的籠手先(こてさき)の巧者を越えて絶対無の「中」への還元が日本的精神の姿であるからである。(中略)
 日本国は一時的にどんなに混乱することがあり、歪められることがあっても、「中」に還元することによって本来の美しい実相があらわれるのである。
 (以上、昭和40年5月号の『理想世界』誌所載「『中(みなか)』への還元」と題する谷口雅春先生の御文章より)


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