したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

非武装信仰板

853シャンソン:2016/07/13(水) 10:59:45
>>852

 駐車場に車を停めて参道を少し歩きます。この時は特に何を感じるということもなく、
普通に歩きました。イチョウがキレイだな、と思いながら。
 そして靖国神社の神門を一歩入ったら、もうびっしり!なのです。英霊の数がすごいのです。
羽織姿の人もいれば(少ないですが)、軍服を着た人もいます。特攻隊の格好をした人もいるし、いろんな時代のいろんな
人がいます。

 みんなその時の自分を表現する服、アピールする服を着ています。
この時初めて、靖国神社って幕末の人とかもいるんだ〜、と知りました。A級戦犯がどうのとか、政治家の参拝がどうのとか、そういう
ニュースの印象が強いので、感覚的に第二次世界大戦で命を落とした人を祀る神社、みたいな気になっていました。

 その英霊が空間にみっちりいて、押される感じがします。例えて言えば、エレベーターの中にみちみちぎゅうぎゅう詰め状態、満員電車で身動きできない
くらいのぎゅうぎゅうさ、常に押されているような感じです。そしてここにいるほとんどは全員成仏していません。
こんなにたくさんいたとは.......と驚きました。

 拝殿で手を合わせ、遊就館へと行きます。遊就館には零戦とか遺品とか遺影などそういうものが展示されているので、ここにもたくさんいます。集まりやすいのです。
というか拝殿だのいいとこの建物は、軍の上層部とか身分が上の人の場所、となっていて、ほとんどの人は境内かこの遊就館にいます。
身分制度がまだ残っていた時代や、軍隊で大将とか大尉などの士官と兵卒という階級が厳しかった時代の人々です。

 亡くなってもまだ律儀にその上下関係に従っているのでした。
遊就館にある遺影はものすごい数です。でもそれは全員分じゃないのです。幕末、日清・日露戦争、第二次世界大戦、一体どれだけの人がこの国のために
命を捧げたのか.......そのようなことを考えられる場所です。日常生活ではそこに思いが至りません。

 この遊就館を見学したら、戦争はあってはならないものだと強く思います。
そして、英霊となった人々が平和を作ってくれたことに感謝をしなければいけないという気持ちにもなります。日本人だったら英霊に敬意を払うべきであり、国の礎になった人は大事にすべきである、
と私はそう思います。

 親友だった彼はもうどこにもいませんでした。私が訪れたあの日に成仏したようです。
余談ですが、この日も神社の裏側を通って正面に行こうとしたら、なんと通行止めになっていました。教えてkyれる人がいないとこうなるか〜、と
なんだかおかしくて、あの日の親友との会話を思い出してちょっとほっこりした気分になりました。

 靖国神社に成仏していない人が多いのはどうしてなのかというと、自分の最期、自分が成したことにものすごう誇りを持っているからです。
お国のために命を捧げた、というその部分にプライドがあります。加えて、靖国神社に来たからには英霊として日本を守らねば!という気負いもあります。
これは日本男児としての責任感からくるものです。

 それらの念がとっても強いです。それがおもりとなって引っ張っている部分があります。
ですから言い方を変えれば、自分から成仏していないと言えます。そこにこだわるあまりに。

 だとすると、説得をすれば成仏していくのではないか?と思った私は、自分の周囲にいた人に向けて、ちょっと声をかけてみました。
「そろそろ成仏をしてもいいのではありませんか?見ての通り日本はこんなに平和です。昔に比べ、みんなが自由で幸せに暮らしています。それは皆様が命を
投げ出して守って下さったおかげです。ですから、ここにいて日本を守らなければ、とお思いにならなくても、もう大丈夫なのですよ。そして日本という国にこの神社が
ある限り、皆様のことは決して忘れることはありません。ずっと語り継がれていきますよ」

 そのような内容のことを丁寧に言うと、泣いている人がたくさんいました。
それもものすごーーく泣くのです。男泣きに泣く、というか号泣です。その時点で数名の人が目の前で成仏して行きました。やはり自力で成仏できるのです。
遊就館を出てから、境内でも説得してみました。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板