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非武装信仰板
2028
:
転載
:2021/01/08(金) 21:27:59
シャーンタ・カビール(1389〜1448年ごろ)この人物には、肩書きや尊称はどのようなものがふさわしいだろうかと思う。宗教家、哲学者、詩人、改革者どれも正解でふさわしいようで、どれでも語りつくせない。
ただインドの友人たちがこの人物のことをかたるとき。ヒンドゥー教徒はかれはビシュヌ派の帰依者ヴィシュヌバータであり、イスラム教徒もよき人よき指導者の尊師プーリーであると語り、シーク教徒も教祖グルナーナクの心理的な師であるという。多様性か特徴のインドでもこれほど広範な人々の尊敬を集めている個人は例がない。
宗教というと対立の一面と妥協と協調の難しさばかりが目に付くような昨今で、対立しあう各宗教から共通して受け入れられ尊敬されているこの思想は、現代だからこそ学ぶべき思想のように強く思う。
一言では語りつくせないカビールだが、ヒンドゥー語話者でスィク教徒の男性が教えてくれた。シャーンタ・カビール(直訳すると平和のカビールかな)は、身近な親しみと尊敬をこめたもので、この人物に最もふさわしい呼び名のようにおもえるのだ。
カビールの詩 宗教詩ビージャク より
本当に最も良いことは、真実の心である。真実なくして幸せはない、たとえ何千万もの策を講じても
舌を縛っておけ、多言を避けよ。真実を見抜く人と交われ、正師のことばを熟慮せよ
正師が得られない者は、闇雲に十方を走り回る。眼が見えない狂人は、家が燃えているのに屑捨て場の火を消す
日中に断食をし、夜に牝牛を殺す。 この殺害、あの礼拝、なぜ神が喜ぶか。
「神像は生命のない死物である。それを知ることができない。わたしは大声で呼びかけてみたのだが。神像の石よりも粉引小屋の石のほうがましである。」
「神聖なる沐浴所には、水以外に何もない。それがむようなものであるということを、わたくし知った。何となればわたくしはそこに沐浴したからである。」
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