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非武装信仰板

1319シャンソン:2017/11/01(水) 01:41:52
      腐ることのない遺体

 きっかけは、1枚の写真でした。
シスターに頼まれて、兵庫県にあった英知大学に、週に1回、非常勤講師として
通ったことがあります。
 
 英知大学は、カトリックの一会派ではなく、日本カトリック教団大阪教区が経営する大学でした。
講義が終わると、神父さまたちが待ちかまえていて、飲みに連れていってくれました。クラブに行くと、
ホステスさんが、「あ〜ら神父さま」と迎えてくれる。常連なのです。

 そうしているうちに親しくなったのが、伝道師の泥波義彦さんです。
ある晩、彼が1枚の写真を見せてくれました。その写真には、横たわって眠りについている、美しいシスターが写っていました。
「こんなきれいなシスターがいるのですね」感嘆の声を上げた僕に、「これは死んでから100年以上経った、死体なんですよ」と泥波さんがいうので、
とても驚きました。その写真の美人シスターは、死んでいる....。しかも、死んでから100年以上経っているなんて....

それが有名な、ルルドのシスター・ベルナデッタでした。僕は初めて、泥波伝道師から、ルルドという地名と、そこで起こった奇跡のことを聞かされることになります。
19世紀半ばのこと。南フランスの寒村ルルドで、14歳の少女ベルナデッタ・スビルーが、川沿いの洞窟のそばで枯れ木を拾っていると、1人の若い女性が現れました。その日以後、ベルナデッタは、18回、
この美しい貴婦人と会い、会話も交わすことになります。後に、この貴婦人が、聖母マリア様であると認定されます。

 聖母はベルナデッタに、泉に行って水を飲みなさいといいますが、近くに泉がなかったため、少女は川に行こうとします。そこで、聖母が洞窟の岩の下のほうへ行くように指差すと、そこには泥水が湧き出していました。
その泥水は、後に清水になって飲めるようになります。これが、ルルドの泉の始まりとされています。ルルドの泉の水によって多くの病人の病気が癒されてきたために、ルルドは今も、一大巡礼地となっています。
ベルナデッタは、修道女となり、35歳で亡くなりました。

 20世紀に入り、その墓の移設工事があり、誤って、ベルナデッタのお棺の蓋が開いてしまいました。すると、お棺の中には、服はボロボロなのに、昨日亡くなったような姿のままのベルナデッタが横たわっていたのだといいます。
僕が見せてもらったのは、棺の中で死後も腐ることもなかった、ベルナデッタの写真でした。

 『置かれた場所で咲いた渡辺和子シスターの生涯』‶名誉息子″保江邦夫が語る 保江邦夫 著


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