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非武装信仰板

1184シャンソン:2017/09/05(火) 21:36:05
      正体不明の「宗教的人格権」

 小泉首相の参拝をめぐる訴訟とは、どのような内容だったのでしょうか。
平成25年12月26日に安倍首相が参拝したあとにも同様の訴訟が起こされているので、
簡単に触れておくことにします。

 この訴訟を一言で表現するとしたら、首相が靖国神社に参拝したことを不愉快に思った人たちが、
「自分たちは不愉快だから」という理由で起こした訴訟ということになるでしょう。靖国神社も当然、被告の一人と
されています。原告は、宗教者や靖国に批判的な思想信条を有している人が大半で、戦没者遺族はほとんど無関係です。

ただ、彼らは「不愉快だから」というだけでは訴訟を起こせないので、それに必要な何らかの法律上の利益や具体的な権利の侵害といったものを主張しなくてはなりません。
そこで彼らが持ち出してきたのが、「宗教的人格権」や「宗教的自己決定権」、「平和的生存権」といった権利の主張でした。首相の靖国参拝によって、彼らのこうした権利が
侵害されたと訴えているのです。

 ちなみに、「宗教的人格権」とっは、「人の死について、それぞれの宗教的立場でこれを意味づけ、他人からの干渉・介入を受けずに静謐な宗教的環境のもとで、自由に戦没者への思いを
巡らせることのできる権利」だそうです。また「平和的生存権」とは、憲法前文が宣言し、九条が具体化する「全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利」だと、彼らは主張します。
首相の靖国参拝と何の関係があるのでしょうか。

 いずれにせよ、自分たちの不快感をこうした曖昧模糊とした権利にすり替えただけのことですから、法廷での彼らの主張は、抽象的な内容に終始することになります。したがって、彼らの主張は最高裁で明確に否定されることになりました。
それにもかかわらず、延々とこのような裁判闘争を続けるのは、彼らが、この訴訟を自身の政治的信条や宗教的信条をアピールする一手段として考えているからです。過去に下級審で「傍論」のついた判決が示されたことも、原告側を活気づけることとなりました。

  『靖国神社が消える日』 宮澤佳廣 著


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