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非武装信仰板
1171
:
シャンソン
:2017/08/21(月) 09:59:44
湯川秀樹先生も幸運の人だった
保江 僕が師と崇める湯川秀樹先生(日本人初のノーベル賞を受賞した物理学者)も、
実はそういう幸運の人でした。ノーベル賞を受賞される前、湯川先生に論文はなかったんです。
当時、湯川先生は京都大学を出てから大阪大学の八木秀次先生の研究室にいました。
年配の人なら知っていると思いますが、昔、テレビを見るのに広く使われていた八木アンテナ。それを発明したのが八木秀次先生です。
湯川先生は、その研究室の無給副手、つまり「給料は出さないけど、いていいよ」という立場の研究員でした。
稲葉 わかります。無給副手。
保江 しかも....こんなこといっていいのかな。もう時効だろうからいいか。八木先生は湯川先生をとりたくなかった。
本当は、湯川先生のあとにノーベル賞を受賞した朝永振一郎先生をとりたかったんです。でも、朝永先生は理化学研究所に行ったので、
やむを得ず湯川先生を受け入れた。
稲葉 そうなんですか。
保江 ところが、湯川先生は論文が全然書けていないし、あまり活発な議論もできない。
毎朝、八木先生はいつも「おまえ〜っ」とかいって怒っていたらしいです。それで、湯川先生は、毎日しょんぼりしていた。
そんなある日、夜、寝ていた湯川先生は、雷の音でふと目が覚めた。その時、目覚める直前に、夢の中の自分が「中間子理論」というものを
考えていたのを覚えていた。雷の音で目覚めたら、まだ鮮明に記憶に残っていたんでしょうね。
湯川先生は、常に枕元に、ほら、結婚式の招待状なんかでもらう硬い紙があるでしょ。あれを置かれていた。硬い紙だと、寝たまま鉛筆で書けるから。
それで夢の中で自分が考えた中間子理論を、その紙に書きとめて、また寝た。で、翌朝見たら、「あっ、これはすごい」というので論文にして、それがノーベル賞ですよ。
論文はわずか2〜3ページで、すごく短いんです。確か数式は三つくらいしかなくて、非常に初歩的。それでノーベル賞なんですよ。
稲葉 原子核の中には陽子と中間子があるという....あれですよね。
保江 そうそう、それです。湯川先生は数学がそんなに得意ではなかったんです。よく間違えていらっしゃった。逸話がいくつも残っています。
もう発想だけの人で。だから、やっぱり神はかりの人だと思います。ノーベル賞を受賞して、京都大学の教授として迎えられてちやほやされたんですが、その後もほとんど論文を書かれなかった。
そして、久しぶりに出したのが素領域理論です。
稲葉 そちらは人気がなくて、保江先生だけがあとを継いでいると。
保江 そのとおりです(笑)。ともあれ、湯川先生のノーベル賞のエピソードでも、発明や発見は、努力ではないことがよくわかりますよね。
稲葉 確かに。おもしろいエピソードです。
『神と人をつなぐ宇宙の大法則』理論物理学×仏教哲学 (稲葉耶季 保江邦夫 著)
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