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非武装信仰板

1046神の子様:2017/04/19(水) 17:16:43
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 私は11/25-26と宇治の興聖寺で行われた一泊二日の坐禅会に参加してきました。興聖寺は道元禅師が初めて開いた曹洞宗の専門道場です。今回の坐禅会は京都曹洞宗青年会の主催でしたが、宗派にかかわらず初心者でも個人でも誰でも参加OKというものでしたので、思い切って申し込みました。行ってみると70代〜20代まで年齢層も幅広く、外国の若い女性も参加されていました。

 内容は法話・朝晩のお勤め・作務(掃除)と、坐禅は約40分を6回坐りました(1本の線香が燃え尽きるまでの時間を1ちゅう(ちゅうの字は火へんに主)と言いますが、それが約40分です。人数が多いため二班に分けて、本堂と僧堂(坐禅堂)とを交互に使いましたが、私は本格的な坐禅堂で坐るのは初めてでしたので、堂内への入り方や単(たん:僧堂における各自の座席。たたみ一畳分)への上り方など、とまどうことばかりでした。

 けれどそれもだんだん慣れてきて、うん、何事も「習うより慣れろ」ですね。しかし、石の床を裸足で歩くのは冷たかったです〜。特に夜や早朝は。いくつかの単に名札がかかっていて、ここが今も修行の道場なのだと実感しました。そういう場所をお借りして坐らせていただけるのは本当に貴重な体験で、有り難いことだと思いました。

 警策は自分から3回受けました。曹洞宗のは右肩に一回だけバシッ! と。「一発入魂」て感じ。私の好みとしては天台や臨済の、両肩に複数回パンパンッと打ってもらうほうが気持ちいい。と思う。

 食事も略式ながら作法にのっとって、簡易な応量器を使っての精進料理です。これ、文字通りの精進料理! 朝はお粥のほか、おかずは漬物などが小皿に一皿だけという質素な食事。でも修行僧は粥とごま塩だけというから・・・うう、修行やな〜。でも前夜の薬石(やくせき:夕食のこと)はちゃんと一汁三菜ありました。 え? それでも少ないって? 贅沢言うたらあきまへん。応量器の扱い方、袱紗(ふくさ:応量器を包む布)の結び方なども教えてもらいました。

 自由時間もほとんどなくてなかなか大変でしたが、それだけに充実感がありましたし、それにお世話いただいた青年僧たちのきりりとした面立ちやきびきびした動作は、見ていて気持ちがよいものでした。短い時間ながら一緒に坐禅したり掃除したり、作法を間違いながら同じ釜の飯を食べた人たちとは、なにか別れがたいものを感じてしまいました。また逢えればいいね、と言いながら三々五々解散となりました。


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