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「まじめな話」の板

8630神の子様:2020/08/04(火) 05:57:46
日野ボンボンの大好きな、お坊さんの正式な僧籍は、真言宗智山派で、日蓮宗中山派系の修行経歴のあるお坊さんでした。恐らく推測ですが、大乗系の受戒をしているから、正確には、インド系上座部仏教での受戒僧でないと言うことは、正確には、日系インド人僧《インド国籍》と言うのが、正しいと思われます。インド・スリランカの仏教は、現在は、上座部仏教が、正統だと思われたますので、このお坊さんは、大乗系僧侶なので、インド・スリランカの僧侶と言うのは、誤りだと私は、認識しました。《日本で言う、小乗仏教にあたる》、《余談、智山派は、新義真言宗で、日野ボンボンの祖先や日野ボンボンが、大好きな真言宗は、真言宗醍醐派で、高野山真言宗と言う詳細としては、別宗派になります。日野ボンボンが、ホントは、仏教に無知識なのが、良くわかります。(笑)》

【一般常識検索より】
《《生地
 岡山県阿哲郡菅生村
宗派
真言宗智山派
寺院
妙法寺
龍樹菩薩大寺

山本秀順
井上秀祐
富田日雄
八木天摂
著作
『必生――闘う仏教』(2010年)
『求道者――愛と憎しみのインド』(2015年)
『龍樹と龍猛と菩提達磨の源流』(2015年)
概要 編集
インドで活動している日系インド人(一世)の僧である。ナーグプルのインドラ寺(インドラ・ブッダ・ヴィハール)にて住職を務めている。カースト未満の身分のダリット(不可触賤民)の人々を仏教へと改宗させるアンベードカルのインド仏教復興運動の中心人物の一人となっている。

略歴 編集
1935年 岡山県阿哲郡菅生村(現在の新見市)に5人兄弟の長男として誕生。
1951年 東京正生院に入塾。
1957年 鳥取県立米子東高等学校に入学(のち中退)。山梨県東山梨郡勝沼町(現在の甲州市)の大善寺の井上秀祐の許で修行。
1960年 高尾山薬王院貫首山本秀順の許で出家、鹿児島の日蓮宗教王寺住職富田日雄(のち本法寺 (京都市)貫首)の許で修行。
1962年 大正大学の聴講生となり、雑誌『実践仏教』を発行。その傍ら浪曲師(東家楽水 (2代))、易者となる。
1965年 高尾山留学僧としてタイに留学。(高尾山薬王院の仏舎利塔がタイ国王室より寄贈された縁による。)
1966年 インドのカルカッタ、後にラージギルの日本山妙法寺へ移動し、八木天摂に師事。法名「天日」を授く。》》

☆疑問なのは、法名を日蓮宗にしてますが?本来の僧籍は、真言宗智山派なので、真言宗智山派の僧名を使用しないのは、解せません。その場による、自己都合で、僧名をインド式にしたり?真言宗智山派名にしたり?日連宗式にしたり?まるで、売れない作家や商売人みたいだなと思います。(笑)


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