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「まじめな話」の板

7659蒼天の實相:2018/11/02(金) 10:46:38
>>7658
〜アイヌ〜

1.呼称
1.1.アイヌ
アイヌとはアイヌ語で「人間」を意味する言葉で、もともとは「カムイ」(自然界の全てのものに心があるという精神に基づいて自然を指す呼称)に対する概念としての「人間」という意味であったとされている。世界の民族集団でこのような視点から「人間」をとらえ、それが後に民族名称になっていることはめずらしいことではない[9]。これが異民族に対する「自民族の呼称」として意識的に使われだしたのは、大和民族(和人、シサム・シャモ[10])とアイヌとの交易量が増加した17世紀末から18世紀初めにかけてとされている。
アイヌの社会では、本来は「アイヌ」という言葉は行いの良い人にだけ使われた。丈夫な体を持ちながらも働かず、生活に困るような人物は、アイヌと言わずにウェンペ(悪いやつ)と言う。
地域によって文化や集団意識が異なり、北海道太平洋岸東部に住したアイヌは「メナシクル」と称し、同様に太平洋岸西部のアイヌは「シュムクル」(シュムは西を意味する)、千島のアイヌは「クルムセ」もしくは「ルートムンクル」などと呼ばれるなど居住地域ごとに互いを呼びわけていた。
大和民族(和人)は、アイヌのことを「蝦夷」、幕末期には「土人(その当時は「現地人」のような意味の言葉であったが、近代には次第に侮蔑感とともに使われるようになった[11])」とも呼び、「アイノ」(=アイヌ)と呼んでいた。その他にも一般的には「アイヌ人」「アイヌの人々」「アイヌ民族」など様々な呼び名があり、歴史的文書にも色々な言い方がされている。

1.呼称
1.2.ウタリ
ウタリの本来の意味は、アイヌ語で人民・親族・同胞・仲間であるが[12]、長年の差別の結果、「アイヌ」という言葉に忌避感を持つ人が多いことから、アイヌを指す言葉として用いられることがあり、行政機関の用語としてもでも長年使われてきた。
1.呼称
1.3.蝦夷
詳細は「蝦夷」を参照
中世以降、大和民族(和人)はアイヌを蝦夷(えぞ)、北海道・樺太を蝦夷地と称してきた[13]。
朝廷の「蝦夷征伐」など、古代からの歴史に登場する「蝦夷」、あるいは「遠野物語」に登場する「山人(ヤマヒト)」をアイヌと捉える向きもあったが、アイヌと古代の蝦夷との関連については未だに定説はなく、日本史学においては一応区別して考えられている。
東北の蝦夷(えみし)は和人により古代から征討の対象とされ(蝦夷征討)、鎌倉時代までには東北地方北端まで平定され和人と同化した。東北地方は弥生時代から稲作文化が流入していた一方、アイヌ語地名も散見され、古墳時代にアイヌが寒冷化により東北地方に南下するなど、歴史的にも和人、アイヌの混交の地であったとも考えられている。一方で北海道、樺太は室町時代に和人の入植が始まるまでは、阿倍比羅夫による征討の試みはあったものの中央政権からは化外の地と見なされていた。
また、中国東北部の民族からはアイヌは骨嵬(クギ)などと呼ばれてきた。


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