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「まじめな話」の板

5682トンチンカン信徒:2017/11/19(日) 06:16:30
>>5681
〜〜つづき(廃仏の歴史)〜〜〜

●明治初年頃の廃仏毀釈の嵐は、法隆寺ほどの大寺でも例外でなかった。
『廃仏毀釈の嵐が吹き荒れる明治初年の混乱期に、多くの寺院から貴重な宝物が流失した。法隆寺でも、橘婦人厨子の二枚の扉、五重塔塑像、舞楽面などが失われた。』『明治8年に、正倉院や法隆寺の宝物を中心にした古美術博覧会が、東大寺大仏殿の回廊を会場に開催された。』『法隆寺では、これを機に、展観の寺宝を皇室へ献納し、下賜金により法隆寺復興をすすめめようという気運が高まった。』(『芸術新潮 皇室をめぐる名品物語』新潮社 1986年11月号)上記の寺領上知令により、領地を失った法隆寺は、寺の修理も出来ないほど困窮していた。

『明治11年2月18日、宝物献納は受理され、その報酬として1万円が下賜された。』、『当時の記録によれば、献納されたのは、「衲袈裟以下百五十六件、外に塵芥小切十三櫃、長持二棹」で、これらの宝物は献納決定の翌月に、帝室御物として正倉院に仮納された。』これらの御物は、昭和33年(1958)に帝室から東京国立博物館に移管され、昭和37年(1962)に法隆寺宝物殿が造られて展示されている。


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