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「まじめな話」の板

5290トンチンカン信徒:2017/09/20(水) 11:00:56
♪新羅人遠祖の→志恩さんが♪

♪日本姓も無いのに♪

♪シャンソン所長に対抗して♪

♪自衛隊の話題を、コメントして、いましたので、<志恩さんは、太極旗を降るよ>注意してきました♪

♪ホント、ちゃんと、正しい、国柄を名のてもらわないと、こまりますよね♪

♪バーベキュー一家らしいですよ♪

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
8343:志恩

17/09/20(水) 08:32:38 ID:6hRUvSRg
8337:で、中央音楽隊の松永美智子さんは、市ヶ谷駐屯地に所属していると書きましたが、
間違っていましたので、次のように、訂正します。

中央音楽隊は、市ヶ谷駐屯地でなく 朝霞(練馬)駐屯地に いて、
市ヶ谷は、様々な行事や外国の高官への対応「演奏」があるので、
市ヶ谷へはバスで来ているのだそうです。
5289:シャンソン

17/09/19(火) 20:18:41
  「マナー順守」が徹底できていたのは、専門家を従軍させていたから

 日清戦争の陸戦では、日露戦争のほうで有名な「旅順要塞攻略」も戦われていた。
世界中の将軍が、どんな大軍で陸海から押し寄せても、陥落させるのに半年はかかる、と判断していた旅順。
それを緻密な情報収集によって半日で攻略したのは、世界中を驚かせるのに十分すぎるインパクトがあった。

 陸上部隊には、当時の日本で国際法の第一人者だった有賀長雄が従軍していた。彼だけではなく帝国陸軍は、方面軍ごとに
国際法の専門家を配置していた。旅順攻略後、日本陸軍は市内の掃討作戦を決行する。すでに清の司令官クラスは逃亡した後だったが、取り残された兵士
たちが、軍服を脱いで平服(便衣)に着替えて一般市民を装う「便衣兵」となり、ゲリラ的な抵抗を見せた。

 そのため日本サイドは軍人と民間人の区別をすることが難しくなり、だからといって何もしなければ殺されるだけだから、抵抗したり逃げたりすれば兵士だと見なし制圧していったのだ。
これを知った清は、「日本軍による民間人の大量虐殺」として世界中にアピールするのだ。
 ところが、世界各国のメディアは概ね、日本に対して理解を示していた。「便衣兵」は国際的には卑怯の極みとされる行為で、見分けが難しい場合は一般兵と見なして対処することも許されていたからだ。

もちろん、中には〝本物〟の民間人もいたと思うが、それを精査していたら逆に殺されてしまう。だから、民間人を巻き添えにしてしまったとしても、国際社会では「便衣兵を使ったのがいけない」という判断になる。
同じような宣伝をされて、逆に「日本軍」が難詰される羽目になったのは、日中戦争時の「南京大虐殺」だ。
 この一件だけでもわかるが、「グローバル・スタンダード」は決して普遍的に正しいわけではない。
もともと欧米列強の〝自己都合〟で生み出された理屈なのだから、地域によっては受け入れがたい論理だって多い。

 ここに出てきた「便衣兵」にしても、中国伝統の兵法に照らせば、賢い戦術として褒められるべきもののはずだからだ。世界中に中国兵法の最高峰『孫子』のフォロワーがいるはずなのに、そうした指摘を寡聞にして耳にしたことがないのも
不思議だ。しかし当時も今と変わらず、世界の仕組みは欧米が作っている。そのルールに合わせて国際的な評価を高めるという道をたどった「日本軍」は、大人だったというべきなのかもしれない。
 話が逸れてしまったが、それ以前に「日本軍」は、捕虜に対する人道的な扱いを徹底していた。だから誤解が解けるのも早かった。そして、しだいに世界が日本を称賛するような風向きに変化したのだ。

  『「日本軍」はなぜ世界から尊敬されているのか』 熊谷充晃 著


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