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「まじめな話」の板

425さくら:2013/02/06(水) 11:34:33
>>422
初心者さま

…初心者は、ここでは孤独な哲学者みたいですね、
身分詮索や、内容についても何も反論もないのに生長の家を否定していると取られるばかりで、
…生長の家って、こんな話せない宗教だったかな〜という…。
こうなれば、本部か道場いって、「生長の家道場破り」してみたらいかがですか?笑。

…まあ、いまの講師の方がお相手になるかは知りませんけど、、。

…ちょっとだけ、雑談してもよいですか?
わたし、生長の家に触れてまだ間もない頃、青年会の方に誘われて、総本山へ行ったんです。

その頃は、神想観しても、実相とかわからないし、人間には罪がないなんてわからない…というあせりみたいなものがまだあって、引っかかってたんですね、

総本山の練成中には、奥津城で神想観があるですが、その前にある職員の方が、奥津城へ連れていってくれたんです。
初心者さまは、奥津城に行かれた
ことはありますか?
山頂から、眼前に、大村湾を望むんです。絶景ですね。
わたしは、どちらかというと、山で育ったので、海を見るときの開放感が大好きなのですが、
そのときも、一面に広がる海を見て、こわいくらい開放感を感じて、思わず、
「わ〜、何もない!」って言ったんです。
そしたらその職員の方が、
「そうなんだよ。ここには、何もないけど、すべてがあるんだよ」って言ったんですね。

その言葉で、最後の積み木がスコンと飛んだみたいに…わたしの中で、なにかが開放された、というか、そんなことがありました。

たぶん、それから、「実相」があるのかないのか、など、考えなくなった気がします、
それまで分からないということが、ものすごく苦痛であったのに、。
なにかを掴もうとしてたのに、。

わたしがわかろうとわかるまいと、わたしが説明できようとできまいと、「それ」がある、というか…、
「それ」とは、なんでしょうか、
流体でしょうか、絶対信でしょうか…。
なぜ、わたしが、それを知る必要があるのでしょうか。
…そのことも意味がなくなった感じがしたんです。

アインシュタインが
「神はサイコロを振らない。」
と言ったことに対して、
ニールスボアは、
「何をすべきかを神に指示をするな」
といった、その難しい経緯や真意は全くわかりません。
(初心者さまならご存知でしょうね、)

ただ、「神に指示をするな」という言葉だけは、なんとなく、わたしの実相の信仰にも、当てはまるような感じがしてます。
人の実相を、こう現れるべきだと、祈る人がいれば、
それは神に指示をするようなことだと感じるからです。
あとは、想像でしかないし、それに縛られることは、信仰でない気がしてます。

ただ、人間にできることといえば、「それ」を畏敬し、あらわれるままに感謝することだけなのかと、そんなかんじです。

…個人の信仰の世界ですから、この感覚、伝わらないかとおもいますが…
なにもないのに、すべてがある、という…。



…わたしは、初心者さまは、仕組みを知りたいだけだとおもっています。
わたしもその仕組みについてなら、興味はあります。

生長の家を否定するという人がいるみたいですけど、
いくら否定しても否定しても、否定できないものがあるのですから、

ただ、初心者さまは、真理の仕組みの探求をしたいだけだとおもっています。


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