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「まじめな話」の板

406神の子様:2013/02/05(火) 18:32:04
(つづき)
『生命の實相』を読めば、「迷いは、何処から?」と考える人は、迷いが実在であるということを前提にしているからこの様な疑問が生じてくるのである。迷いは何処からも来ません。本来、無いからである。無いものの出所を幾ら追及しても永遠にその出所はわからないのであるとハッキリと書かれているではありませんか! 

比喩的にいうならば、楽屋(實相世界)にいる名優が、色々な衣裳を身につけて舞台(現象世界)に出て、時には迷ったようなセリフを述べ、迷い人のような役を演じているようなもので、再び楽屋(實相世界)に戻れば、決して迷ったことのない、これからも迷うことも無い完全円満な名優(實相人間)に戻る、この實相人間こそが本当に実在する「神の子人間」であるということなのであります。

故に、雅宣総裁の<神が完全なる実相世界を創られたにしても、そのことに必然性は感じられないので、それはわたしにとってどうでもいい問題なのです。神が人間を迷うようにと仕向けられたことには必然性があるとおもわれるので、このことがわたしにとってのただひとつの問題となっています。> という事などは、信仰する者、道を求める求道者にとっては、単なるセレブ族の夢、幻の世界での言葉の遊び、大閑人の“世迷い言”にしか過ぎないのであります。

私たち、信仰する者、道を求める求道者にとって大切な事柄は、聖経『甘露の法雨』にある如く、
< 物質の奥に、肉体の奥に、霊妙極まりなく完全なる存在あり。これこそ神によって造られたる儘の完全なる『汝そのもの』にして、常住健康永遠不滅成る『生命』なり。汝ら今こそ物質を超越して、汝自身の『生命』の實相を把握せよ。> 
という言葉にしたがって、神想観の中に於いて、このコトバ通りの自己の實相を感情的にありありとジィーッと“観じ感じ”続けることなのであります。

どう考えても、雅宣総裁は、宗教家でもなければ、真剣なる求道者ではありません。彼の適職はやはり小理屈専門の小学者であります。宗教界に在籍していることは彼にとって苦痛そのものであります。(ホントにお可哀相!) 10億円ともいわれる個人蓄財もスイス銀行にある様子、宗教界を去り、早く自由の身になるのが余生を健康に生きて行くためにも一番よいのであります。


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