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「まじめな話」の板

403初心者:2013/02/05(火) 10:33:13
役行者様

さくじつは、「測定」ということで謎めいた話をしてしまいました。なぜ測定に
あれほどまでにこだわるのかといえば、まず測定ありきだからです。「世界を
ふたつに割る」というのは、そのあとの話だからです。

物理学の世界に「不確定性原理」と呼ばれる現象があります。不確定性原理とは
粒子の測定の問題です。

ニュートンの時代には、粒子は測定できると考えられていました。ところがじっさい
に測定してみると、それは無理だということがわかってしまったのですね。

粒子の位置を調べると速さがわからなくなる。速さを調べると位置がわからなく
なる。位置と速さを同時に知ることはできない。こうした現象があるということが
わかってきて、不確定性原理と名づけられました。

不確定性原理を、生長の家でいえば「粒子は心の影」ということになるでしょう。
しかし、粒子が心の影であるにしても、粒子はなぜ位置だけをみせたり、速さだけ
をみせたりして、すべてをみせようとしないのか、ということの説明にはなって
いません。「心の影だからそのような見せ方をするのだ」といってみたところで、
なにも説明したことにはならないということです。

なぜそのような見せ方をするのか、真理にとってこれは重要な問題です。原理に
さかのぼって説明しなければならない重要な問題です。説明のために出てきたの
が「世界を割る」の考え方であったのです。「世界をふたつに割る」と考えれば、
不確定性原理のナゾが不十分ながらも説明できる、といったところです。

マーやはなぜ測定なのでしょうか。それは、測定という行為じたいに真理が
すでに大きくかかわっている、ということを示しているような気がいたします。


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