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「まじめな話」の板

391さくら:2013/02/02(土) 21:48:47
初心者様

ほんじつ、訊けブログに投稿されてある、雅春先生のおことばです。

「○ 言葉と云うものは人を導き、人を迷わす。
言葉で『絶対』と云うものを説くことは、言葉は有限の意義を蔵しているから、『絶対』は有限ではないが故に、それは至難のことである。
それでは『無限』と云う言葉を使えば、それで好いかというと、『無限』は『有限』に相対する言葉であるが故に、やはり『絶対』を証明することが出来ない。
『有限』も『無限』も、倶(とも)に否定しなければならない。そこで一切否定の『無』と云う言葉が利用せられる。
しかし、否定が否定で終っている限りは、それはやはり『有』を否定するところの相対語であるが故に、絶対を表現することが出来ない。そこで、有無を超えた『無』などと言う。随分まわりくどいことではある。・・・・」

これを読んでも、雅春先生も、ご自分のお悟りを「ことば」にされることを、試行錯誤されたことをおもわされますが、
悟りをひかいた雅春先生だからこそ、言葉をつくし、ことば自体に真理のひびきをあたえられたこととおもいます。

これは、悟りを開かれた雅春先生だからこそ言えることであり…
それを…「絶対真」など、軽々しくいえないせかいのように、かんじます、
雅春先生のおことばは、「御中」「常今」「中庸」と言われていますが、…ここからの第一声であるので、ほんらい、どこにも偏りがないもののはずですね。

初心者様が仰ったように、雅春先生が「實相」世界…を、スパっとこの世に、言及されるのに成功されましたが、
それを「ロゴス」を濫用し、分割することは、ほんらいの教えから乖離させることを意味するとおもいます。

…ことばとは、難しいもんだいですね、

わたしたちは、ラカンのいう象徴界という、「ことば」で作られた世界にしか住めないわけです、
…ことばで理解し、ことばでこそ、「わたし」でいるしかありません。しかし、それは、ほんとうの世界でない。
初心者様がいう「ラージX」というのは、命そのものと仰いましたが…
それを知ったうえで、ことばの世界で演じているのが、神の子の自覚…なのでしょうか…


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