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「まじめな話」の板

374初心者:2013/02/01(金) 12:35:32
ひと言で真理といっても、その取り組み方には、たとえば理念の内容を問題に
する立場と、理念が天下るその仕組みを問題にする立場といった、ふたつの
取り組み方のちがいがあるという気がいたします。

理念の内容を問題にする場合、理論理屈はほとんど役立たないと言っていい
はずです。霊的把握、直観把握だけが役立つ世界ということがいえるはずです。

では、天下る仕組みについてはどうかといえば、霊的把握や直観把握はほとん
ど役だっていないというのが現状ではないかという気がいたします。仕組みに
ついては、明確にはなにも語られていないというのが、役だっていないことの証拠
であると考えます(なんらかの仕組みがあるにはちがいないが、それを語ることは
できないといったところでしょう)。

理念の内容が霊的直観で語られたとすれば、それはふつうの人々にとって、信じる
か信じないかの世界であるはずです。理論理屈で説明しえない以上、それは信じる
か信じないかの世界にしかなりえないからです。

「信が第一」というのはこういうことでしょう。信じるしかないのであれば、信が
第一であるのはわかりきったことです。

では仕組みについてはどうでしょう。「信が第一」でしょうか。「仕組みを信じる」。
このような言いまわしが、はたして成り立つものなのでしょうか。仕組みは解明
するものであって、けっして信じるものではありません。誰にたいしても「信が
第一」といっている人は、内容と仕組みを混同して区別できていない人、という
気がいたします。

仕組みを解明するには、どうしても哲学、心理学、言語学、現代物理学などといった
学問分野の助けを借りる必要があると考えます。そうした助けなしに語れるという
のであれば、ぜひとも語っていただきたいものです。

片方は真理の内容を語っているのに、もう片方は真理を仕組みとして語っている。
こうしたことが区別できずに混同されるとき、自分とちがう相手を「人間知」と
罵倒し、「虚説」として排除しようとする欲求が生じるものと理解いたします。


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