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「まじめな話」の板

277うのはな:2012/11/12(月) 18:01:30

34 :金木犀:2012/04/16(月) 10:46:39 ID:zilIu2tA 数年前、私は大学時代の友人から、現在の生長の家教団が、非常に教えを歪めて、
嘗ての生長の家とは、全く違う変質したものになっているという手紙をもらいました。
その頃だと思いますが、2ちゃんねるの宗教板の、
生長の家に関するスレッドを開いてみたことがあります。

その時にそこで語られていた会話が、未だに印象に残っています。
そこで信徒らしい方が、話されていたのは、
人間も他の生物も同じ地球の生き物であり、
人間だけのために地球があるわけでもなく、
万物は皆尊い命であり、そういう意味で、人間も他の生物も平等である。
「人間神の子」というのは、恰も人間だけが偉いのであるという傲慢な気持ちを
起こす可能性がある。人間だけが神の子ではない。
雅宣総裁は、そういう人間の傲慢さを否定して、人間も他の生物も平等であると
いう、従来のともすれば傲慢さに陥りやすい人間の過ちを正そうとされているのであり、
画期的な素晴らしいことだ。

言い方はよく覚えていませんが、内容としてはこんな意味のことが書かれていました。
これはまるで谷口雅春先生の「人間は神の子である」という根本の教えを否定しているように
思え、私はこれを見て、非常に驚愕し、なんとも言えず嫌なものを見てしまったと
という気持ちで、すぐに板を閉じて、二度とそこを訪問することはありませんでした。

今回、雅宣総裁が、大自然讃歌という詩を、盗作形式で発表されましたが、その讃歌の
奥に、こうした、人間だけが神の子ではないという思い、雅春先生の「人間神の子」を
否定、あるいは彼のいう補強するという思い、即ち、人間も他の生物も平等なのだという
思想で補強するという思いがあるのかと考える次第です。

聖典板に『神真理を告げ給う』の五章を謹写いたしましたが、そこにも、人間は神の子である
とは、人間は被造物ではなく、神の自己顕現であり、
神は人間を創造したのではなく、産みだしたのであると書かれています。
神の世嗣たる人間、これを曖昧なものにしてしまうのが、今の教えではないかと考えます。

だから、雅宣総裁がいくら環境問題に取り組んで、環境保護をしているつもりでも、
何処か微妙にずれている気がします。見方次第では、環境破壊のようにも見え、
口先で、いくら環境、環境と言っても、根本の御教えをしっかり把握していないでやる運動には、
神の知恵が伴わないから、やることすべて空回りし、善をなすつもりで悪をなすということにも
なりかねないと思います。打ち出す方針が、どれも失敗に終わるのは、総裁が、根本真理を把握
していないところから来ていると思います。

私は、雅宣総裁はやはり団塊世代特有の左翼思想の持ち主だと思います。だから、御教えの、
日時計主義のような、心の持ち方に関する部分、そういうところは受け入れられるけれど、
天皇論、愛国論などは、非常に毒々しく見えるのではないでしょうか。だから、戦後の国民
一般が、そうした国家観を失ってきて、それらを右翼的だとして毛嫌いする傾向があるのと
同じように、総裁もそれらを嫌い、また一般国民から、自分自身がそういう目で見られることにも
非常な嫌悪感があり、生長の家総裁と成った自分は、
そういう毒々しいものとは違う、戦後の正しい民主主義の側にいるのだと
位置づけたいし、また教団もそうあるべきだと思っておられるのではなかろうかと思います。

やっておられることは、正にそのようにしか見えません。

谷口雅春先生が、戦後一貫して、日本国の実相顕現を願われ、
現憲法を諸悪の因として、無効破棄を願われてきたその雅春先生の悲願を
思う時に、あるいは、人間神の子の思想を普及して、
人類光明化の悲願を立てられた事を思う時、この現状を見て、
霊界の雅春先生の涙を想像しないでおられるでしょうか。

確かに雅宣氏の実相を見つめることは、大事かもしれません。しかし
それだけでいいのでしょうか。祈りつつ、やれることはやらなくては
いけないと思います。
自壊作用を恐れていては、実相は現れないのではないでしょうか。
雪が溶けないと春はきませんが、雪解けはいくら汚く見えても、
それを通過しないと、美しい春の景色にはなりません。
だから間違ったことは、正そうと動かなくてはいけないのではないでしょうか。


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