したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

「まじめな話」の板

218さくら:2012/11/03(土) 07:05:17
初心者さま

反応してくださり、ありがとうございます、笑。


…この問題に、こんな理屈がなんの関係がある?小賢しい考えなどいらない。
絶対信があれば理屈なんていらたいんだ。
小賢しい理屈は、真の生長の家じゃない。雅春先生の信仰じゃない。
これが、こちらの反応とわかっておりますが、
「冷静な分析が必要」との言葉がありましたので、書きました。

個人的には、小賢しい分析も、
自分の信仰になんら、相反するものでもなく、信仰がゆらぐことでも、全く、ありませんが、

こちらでは、人間智?であり、信仰に相反するものだとお考えが、あるようですので、

ここで、また、匿名の人格攻撃が始まりましても、

…流れのままに。


初心者さまは、生長の家自体をロゴス中心主義といわれてるようですが、
わたしは、本流派さまのご主張が、ロゴス中心主義だとおもってます。
なぜなら、雅春先生の教えの真髄は、ロゴス中心主義に陥らない叡智である、宗教的悟りを説いてらっしゃると思うからです。
そういう信仰こそが、ほんらいの生長の家の信仰だとわたしは思っているのですよ。
「信仰的和解」が理解されないのも、この部分の理解が共有されないからだと思っています。

本流派さまの主張には、それが顕著にあらわれていることで、色々わかりました。

本流派さまのアクエリアン様は、「冷静な分析」が必要と言われておられましたが、
冷静な分析とは、どのことでありましょう。

打つべき、「虚説の実態」の、冷静な分析は、どれでありましょうか。
悪霊が取り付いているという分析でありましょうか。
新経典は、気持ち悪くて読んだことのない、という分析でありましょうか。
聖典を読ませないという、いまの教団の実態でしょうか(現教団でみなさん、当然、読めてます。本部の方針はおかしいけど、これは虚説の冷静な分析ではないとおもってます。)


山ちゃんさまは、その点、「古事記」に、総裁の「自然観」を求めた誤りを指摘されました。
また原理主義と言った総裁の、間違えも指摘されました。

おかげさまでこのことからも、やはり、総裁が生長の家のなかで否定しようとしたのは、「原理主義」でなく、「ロゴス中心主義」といえるものだと個人的には、分かりましたし
(しかし、総裁は、無自覚にされたので、おなじ罠に落ちたのだとおもいますが、)

本流派の主張のなかに、顕著にロゴス中心主義の特徴を備えておられるものを、感じました。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板