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「まじめな話」の板

216さくら:2012/11/02(金) 10:43:11
本流対策室4>682で、
志恩さまが、貼ってくださった、山ちゃんさまのご文章を読みました。

山ちゃんさまのご指摘はさすがに、鋭く、こういう批判なら興味深く読めます。

本流派のアクエリアンさまは、何が起きてるか冷静に分析すると仰ってましたが、
本流派さまの冷静な分析とは、どういうことなのかわかりません。が、こういう批判は、考えて頂きたいとわたしもおもいます。

わたし自身、古事記の深い直感把握にもちろん認識不足ですが、
…総裁が、「古事記」と「日本人の自然観」と結びつけたところが、読んだ時やはり引っかかりました。

山ちゃんさまのご指摘で、
雅宣総裁が、宗教において偏狭な環境活動に偏ったことや、いまのような本流との思想的?対立に至ったこと、など…、ここが、総裁の論理の一つの種になってるからじゃないかな、と感じます。

おそらく、雅宣総裁が、志向されたいと思われる「自然観」は、むしろ、「古事記の起源にあるもの」とは、相対するものなのではないでしょうか。
いまの対立の思想背景にあるなら、こういうことかな、とおもいますが。

ロゴスの否定。無自覚にしろ、それが背後にあるようにかんじます。
…ただ、総裁は、西洋的エコロジーと、東洋的自然観とは、論じ分けておられなさそうです。
そこにも問題があるような気がします…、だから、ご自分も同じジレンマに陥ってらっしゃるのかもしれません。

「古事記」は日本国家形成の、ロゴスの起源であるようですので、
山ちゃんさまがご指摘のように、日本人の自然観の起源ではないのですね。

日本の自然観は、気候風土からうまれた思想、道教的仏教思想、神道的伝統との融合のなかで育まれて、
古来からの宗教的、精神的に当然深く浸透したものであるとおもいます。

万教帰一の生長の家のみ教えは、この仏教的、神道的自然観も説いていますので、
山ちゃんも雅春先生は、日本人の自然観や思想を説かれているとご説明されておられます。


一方、「古事記」の直感把握は、「はじめにことばあり」、からはじまり、ことば(ロゴス)によるこの世の形成の霊的実態ではないのでしょうか。
陰陽の法則、また、あらゆるものから産まれるアニミズム的な神ですが、すべてに「名前」がつけられていきますのは、ロゴスの起源であるとおもわれます。
ロゴスの秩序が古事記から始まっているのではないでしょうか。

これは、ロゴスが、善悪であるのもんだいではなく、その性質を理解する必要を感じています。

批判するのも、これからの宗教のあり方を考える余地があると、わたし自身はかんじてます。


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