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男性専科 板

682『ある異常体験者の偏見』 2:2013/05/13(月) 17:05:27

(つづき)


 『百人斬り競争』でも同じであって、たとえ「出来る限りの資料を集めて、それを『釘あとに指を突っ込む』ぐらい徹底的に調べない限り事実とは信じない」と誰かがいったところで、これを事実だという人が本当に事実だと信じているなら、怒る筈はない。「どうぞ調べて下さい。何なら資料を集めてお手伝いしましょうか」というのが当然であって、生体実験をやってみろといったり「後は死あるのみ」といった葉書を送ったりする事はありえない。こういう事は常に、結局は事実だと強弁する人自身が内心では事実と思っていない証拠にすぎないのである。

 伝説というのは実に便利なものだから「トマスの不信」の物語では、八日後にトマスが弟子達と一緒にいるところに、不意にイエスが出現するのである。ところが面白い事に、前述のように弟子達がトマスを非難しないだけでなく、イエスも彼を非難しないのである。
 勿論「お前のような奴は弟子の資格がない。破門だ」などとはいわないで、いきなり手を差し出す。「指をここ(の穴)に入れろ、手を見ろ、手をのばして脇に入れろ……」といい、最後に有名な「見ずして信ずる者は幸いなり」という。

 しかしこの言葉は、その証拠を見せて、その上でその本人が言った言葉で、証拠を提示しえない他の弟子たちが、「見ないで『事実』という事にしろ」と強制した事ではない。それは絶対に誰もしていないのであり、それをする事こそ絶対に許されないのである。いずれにしても「トマスの不信は当然であって、そう思ったらそう言って少しも構わないだけでなく、そう思ったらそう言わねばならない。そうでなければ嘘になる。また彼がそう思ったという事を非難する権利は誰にもない。この事は『事実があったかなかったか』という事実論は、その人の思想・信条に関係はない」という事が当然の前提とされない限り、この伝説が生れてこないという事実も示している。

 北ヴェトナム軍がユエで市民を生埋めにして虐殺した、と『サンデー毎日』編集次長の徳岡氏が書いておられる。これが事実なら、それは徳岡氏の思想・信条とは関係なく事実だから、もし何らかの名目で氏を非難する者がいたら、その者の頭がおかしいといわねばなるまい。

 これは『百人斬り競争』でも同じだし「増原長官(註:増原内奏問題)の辞任問題の一面も同じであろう。「あった事」を「なかった事」にすると、正直に「あった」といった人間を「嘘つき」にしなければならない。
 そこである記者の話によれば彼を「捏造大臣という事にして」「記者団に虚偽の発表をした」という事にして辞職させたそうだが、これが事実なら、実に「二重の虚偽」である。そして「トマスの不信」を認めないと、人は必ずこの「二重の虚偽」に落ちていく。
 そしてこの場合は、落ちていくのは勿論与党だけでなく野党も同じである。私は実は以前から、戦前、軍部や右翼が天皇を政治に利用したやり方が、この「二重の虚偽」の逆用だと思っていただけに、今回の野党の動きは、ちょっとショックであった。

<了>

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