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男性専科 板
674
:
「訊け」管理人
:2013/05/08(水) 14:05:17
(つづき)
従って横井・小野田両氏の記述は「現地性」はあるが、現代史の基準としては、戦争中と戦争直後の部分に関しては「同時性」がうすいと言いえよう。だが問題はそれだけではない。現代史ではこのほかに、生存する関係者への配慮や、政治・経済・外交上の要請から、資料に意識的な改変は加えられていない、という保証も必要である。政変のたびに改変される”党史”は、現地性と同時性はもっていても、否、もっていればいるほど、その信憑性には疑問をもたざるを得なくなる。
またたとえそれほどでなくとも、その現代史の中の一員としてその社会に生きている限り、人は対人関係・対社会関係の完全な無視は難しい。従って、時勢への配慮とその為の意識的無意識的迎合があっても不思議ではないわけだが、この点において、それが皆無なのがまたこの『虜人日記』なのである。なぜそう断言できるか。著者の成り立ちがそれを示しているからである。著者の小松真一氏は軍人ではない。氏は、陸軍専任嘱託として徴用され…結局、われわれと同様の辛酸を舐めて、終戦を迎えたのであった
(〜中略〜)本書(註:『虜人日記』)は、まずその材料が、その内容の「同時性」と「現地性」を余すところなく証明している。この点、昭和三十年に東京で印刷された記録とは、その価値が違う。従って比較すること自体が、はじめから無意味かも知れない。だが現代史資料は、前述のように、それだけでは必ずしも正確ではない。
”終戦”は単に日本が戦争に敗れたというだけでなく、一つの革命だった。昨日までの英雄は一転して民族の敵となった。同時にすぐさま新しい独裁者が、軍事占領に基づく絶対の権威をもって戦後”民主主義”を推しすすめていた。従って当時の多くの人の記述に見られるのが、新しい時代に順応するための自己正当化の手段としての、過去の再構成である。
それは時には自己の責任を回避するため、一切を軍部に転嫁し、これを徹底的に罵倒するという形になったり、自分や自分の所属する機関を被害者に仕立てるという形になっている。ある大学は軍部に追われた教授を総長に迎えた。軍部に追われたというが、実際は、彼を追い出したのは大学である。しかし、その大学がその教授を総長に迎え、大学自体をその総長と固定することによって、自分の過去を再構成し、あたかも大学自体がその総長同様に被害者であったかの如き態度をとって、そのまま存続した。同じことをした言論機関もあるが、もちろんこの傾向は、あらゆる機関から家族・個人にまで及んでいる。
こういう場合、その大学や機関等の記す「戦中史」や「回想記」は、たとえ、「直後にその場」という「現地性」と「同時性」を備えていても、信頼できる歴史でも記録でもない。否、むしろ、最も信頼に値しないものの一つであろう。
この点『虜人日記』は、まさに稀有な状態にあるといえる。
氏は軍に所属し、従ってその内部でつぶさにその実状に接していながら、軍隊という組織に組み込まれていない特異な地位にある技術者であった。従って組織への配慮、責任の回避、旧上官・旧部下・同期生・軍関係学校たとえば中野学校の先輩後輩といった関係等への思惑、部下の戦死に対する釈明的虚偽や遺族のための”壮烈な戦死”という名の創作等々からすべて解放されている。同時に氏は、内地の情況を全く知らなかった。中心的なカランバン収容所でさえ、内地のことは殆どわからない。まして地方のオードネル労働キャンプでは、内地情報は一切不明と言ってよい――この点は後述するが。
従って、内地の変化を先どりして、それをもとにして過去を記すといったことは、氏の場合は起りえない。
(つづく)
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