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男性専科 板

665『日本はなぜ敗れるのか』6:2013/05/07(火) 09:06:38

 日は暮れた。雨は遠慮なく降る。乗船はまだ終らず、船倉への長い列は途切れなくつづいている。ナチの収容所の囚人頭に等しい輸送副官のT中尉は…大声をあげて駆け回っている。…いるだけで玉の汗が流れてくる船艙。そこから起るいら立ちの怒声罵声、ビンタの音。私はこの時ぐらい、部下のいない「部付」という身分を有難いと思ったことはなかった。

 夜半になって、ついに乗船は終った。すべての場所が人、人、人、人。文字通り足の踏み場もない人の群れ。船は曳き船にひかれ、港内のブイに繋留された。出港はいつのことかわからない。

 奇妙なもので、余りに苦しい状態におかれると、「たとえどうなってもいい、何でもいいから、この状態にけりをつけてはしい」という気にだれでもなる。人びとは、自分たちが、大洋に導かれた巨大な「死へのベルトコンベア」に乗せられたことを、知っていた。従って、そのコンベアが動き出すのが遅ければ遅いほどよいはずなのに、逆に、一日も早く動き出してほしいと願うのである。そしてそう願ったときに一切の秩序は実質的に崩壊していた。

 もちろん「志気」などというものは消えていた。「死へのベルトコンベア」に乗せられて、「士気」などが存在するはずはあるまい。これが小松氏が正しく指摘している「バアーシー海峡の損害と、戦意喪失」の意味である。

 では、バシー海峡とアウシュヴィッツは同じであったろうか。もちろん違う。同じなのは、小スペースヘのすしづめと、高能率の大量殺人装置という現象面だけである。

 ドイツ人は明確な意図をもち、その意図を達成するため方法論を探究し、その方法論を現実に移して実行する組織をつくりあげた。たとえ、その意図が狂気に等しく、方法論は人間でなく悪魔が発案したと思われるもので、その組織は冷酷無情な機械に等しかったとはいえ、意図と方法論とそれに基づく組織があったことは否定できない。

 一方日本はどうであったか。当時日本を指導していた軍部が、本当は何かを意図していたのか、その意図は一体何だったのか、おそらくだれにもわかるまい。というのは、日華事変の当初から、明確な意図などは、どこにも存在していなかった。ただ常に、相手に触発されてヒステリカルに反応するという「出たとこ勝負」をくりかえしているにすぎなかった。意図がないから、それを達成するための方法論なぞ、はじめからあるはずはない。従ってそれに応ずる組織ももちろんない。そして、ある現象が現われれば、常にそれに触発され、あわてて対処するだけである。従ってすべてが小松氏の憤慨した情況「戦争に勝つために是非必要だというから、会社を辞めて来てみれば、何のことはない」という状態になる。従って何の成果もあがらない。だがこれは小松氏のような立場にあった人だけでなく、当事者であるはずの軍隊自身についてもいえることであった。

(つづく)


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