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660『日本はなぜ敗れるのか』(山本七平著書):2013/05/07(火) 08:46:20

『日本はなぜ敗れるのか』(山本七平著書)より謹写――

 危機というものは…脱出路の提示という形でしか認識されない。バシー海峡は様々な意味でそういう道であった。それは太平洋戦争全体にとっても、そこを通過して辛うじて助かった一個人にとってもその名を口にしただけで総毛立って「戦意喪失」する、血迷える者が誤認した脱出路だったのである。従って、敗戦21ヵ条にバシー海峡が登場することは、あらゆる意味で、私(山本七平氏)にとっては当然である。それは、われわれが、いかに、危機に対処できずに滅びるかを示す象徴的な「名」である。

 一体何が故に制海権のない海に兵員を満載したボロ船が進んでいくのか。それは心理的に見れば、恐怖に訳が判らなくなったヒステリー女が確実に迫り来る訳の判らぬ気味悪い対象に手あたり次第に無我夢中で何かを投げつけ、それをたった一つの「対抗手段=逃げ道」と考えているに等しかったであろう。だが、この断末魔の大本営が、無我夢中で投げつけているものは、ものでなく人間であった。そしてそれが現出したものは、結局、アウシュヴィッツのガス室よりはるかに高能率の、溺殺型大量殺人機構の創出であった。このことはだれも語らない。…だが「ヒステリー女の手あたり次第のもの投げ」といえば、おそらく反論はあるであろう。大本営には確かに一つの理屈はあった。だがそういった″理屈″とか″理論″とかいうものは、常に、ヒステリー的衝動の正当化と理論づけにすぎない。
 当時我々の受けた「訓示」によれば、日米両野戦軍はまだ一度も″決戦″をしていないという事であった。確かに、島嶼の争奪は十数個師団を展開する″奉天大会戦″的″決戦″ではない。「広さ」は戦力である。幸いマッカーサーは「アイ・シャル・リターン」。来るに決まっている。
 従って、戦備をととのえ、ルソンの山野に大兵を展開して米軍に決戦を挑み、これを包囲殲滅した上で対等の講和に持ちこむ、というのが、あらゆる方法で大兵団を比島に送った基本的な″理論″であり、これを彼らは″唯一の脱出路″と考えたわけである。だが窮地に陥った者は、そこが唯一の脱出路と思い込んだ瞬間、そこへ殺到して自滅する。そしてそのように、日本軍は、バシー海峡で自滅し、そしてその自滅の瞬間まで、危機の叫びは、実は、逆作用する一種の子守歌にすぎなかったのである。

 組織の中の一員は…その当時であれ現在であれ、世界的な情況の中にある自己の位置は把握できない。確かに、周囲の情況は、あらゆる不安に満ちている。しかし、ちょうど「オオ、ヨシヨシ」といって子供をあやして不安を鎮めるような装置もまた、到る所にある。無敵神話・東条スマイル・軍歌と国民歌謡・お守り・旗の波は、幼児から「あやしと甘え」で育った者に、理由なき鎮静を与える。
 また、軍隊という組織・鉄の軍紀・階級・信念・猛訓練等、一切合財が「あやし」になる。そして「危機の叫び」と「あやし」のバランスで成り立つ「虚構の子守歌」は、本当の危機すなわち「脱出路」の入口まで、各人を眠らしている。そして整々と脱出路まで導かれた者が、ある情況を目にした瞬間、一切は虚構で、現実にはすべてが既に終わっており、自分達はただ”清算されるため”にそこにいるにすぎないことを知り、冷水をあびせられたように慄然とする。

 それがバシ―海峡であった。

(つづく)


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