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生長の家傍流掲示板/別板1

1382トキ:2014/02/19(水) 19:37:57
SAKURA & NANCY 様

 大本教の出口王仁三郎さんが悟りを得たのは高熊山という山の中の洞窟です。
ある日、冨士浅間神社の祭神・木の花咲耶姫命の神使・松岡芙蓉仙人につれら
れて、高熊山に行きます。

 ここで出口王仁三郎師は、

 「世界一切の生物に、仁慈の神の生魂が宿りたまうということが適切に感じ
 られたのである。」

 「一片の動物も植物も、皆われわれのためには必要な力であり、頼みの杖で
 あり、神の断片である。」

という悟りを得ます。(霊界物語 第1巻第三章「現界の苦行」)

 しかし、その出口王仁三郎師は、同時に、こうも悟っています。

 「・・・人間は神様である。人間をおいて力になってくれる神様がどこに
 あるであろうか。
  神様には神様が第一の力であり、頼りであるが、現界では人間こそわれら
 を助くる誠の生きたる尊い神様であると、こう心の底から考えてくると、
 人間が尊く有難くなって、祖末に扱うことは、天地の神明にたいし奉り、
 恐れありということを強く悟了したのである。」

(霊界物語 第1巻第三章「現界の苦行」)

 さらには、

 「すべて業は行である以上は、顕幽一致、身魂一本の真理により、顕界に
 おいて、可及的大活躍をなし、もっと天地の経綸に奉仕するのが第一の行
 である。たとえ一ヶ月でも人界の事業を廃して、山林に隠遁し怪行異業に
 熱中するのは、すなわち一ヶ月間の社会の損害であって、いわゆる神界の
 怠業者もしくは罷業者である。すべて神界の業というものは現界において
 生成化育、進取発展の事業いつくすを第一の要件とせなくてはならぬ。」

とまで言われています。

(つづく)


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