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「野球部グランド」板

135志恩:2014/03/30(日) 21:16:12
「脱力ネタ」板
688 :初心者:2014/03/19(水) 12:54:01

病気が治ったからこれは真理だ。これが生長の家を支える基本原理ですよね。
ところで「これは真理だ」の「これ」ってなんなのでしょう。「これ」ってなんですか?

「これ」とはつまり病気を奇跡的に治した摩訶不思議なる力のことですよね。この力を「これ」といっているわけです。
「この力こそが真理なのだ」と、こういうことをいっているわけですよね。

生長の家では病気治しに利用できるものを真理と呼んでいるわけです。
利用できれば、それがなんであっても真理です。利用できなければそれは虚説です。
こういう単純な図式が、生長の家では成り立っています。総裁のいっていることは病気治しに利用できない。
だからこそ総裁のいうことはすべて虚説なのです。(後略)

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トキ様掲示板より
トーキングスティクボード

3380:縹様

 生長の家に来て、病気が治る等、色々と言われますが、
それが大事なのではなく、

「それは浅い話しで、
それは唯心所現の世界(思う事が形にあらわれる法則・現象顕現の法則)というのであって、
お釈迦さんの説法前期の内容である。

説法後期に入ってそれ以後の教えは、砕けない實相世界をお説きになった。」
と谷口雅春先生は教えて下さっていました。


本当は、久遠の生命を悟って戴く事、
自分は、死ねば終わる儚い存在ではなく、久遠の命が今此処に生きている神の子だということ、

「この自分のうちに南無阿弥陀仏があり、それが本当の自分であると悟る。
この自分のうちに天照大御神のお生命をいただいていてそれが本当の自分だと悟る。

この自分のうちに「アブラハムの生れぬ前よりすでにあるところの久遠のキリスト」が実在し、
それが本当の自分であると悟る、

この信仰に入ってこそ、それが現実界をも支配する力ある信仰となるのであります。
これが「生長の家」の信仰である。

仏教や、神道や、キリスト教のほかに別派をたてたのではない。
仏教や神道やキリスト教を生命それ自身の上に生きる―――これが生長の家の信仰なのであります。」 

           『生命の實相』12巻109頁


 法華経は、久遠の生命を説いている経典ですが、
本当の法華経を説く場所である生長の家に居ながら、久遠の生命を悟らないというのは、勿体無いと思います。


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