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「野球部グランド」板
133
:
志恩
:2014/03/27(木) 11:15:53
「脱力ネタ」板
825 :初心者:2014/03/26(水) 11:09:34
志恩さんは「訊けさんのほうが正論だ」といっておられます。
堂々と正論を述べられるべきでしょう。
⬆
この初心者様の返信を、トキ様掲示板にさせて頂きましたが、
文を直して転載させて頂きます。
………………………………………………………………...
実相哲学を論じる部屋より
286 :志恩:2014/03/26(水) 12:47:
初心者様
あなたの主張している人間中心主義のヒューマニズムと、
訊け様が言ってるヒューマニズムとは、
おなじヒューマニズムという言葉は使っていますが、
「質」が異なる 別もの なのでは、と思っています。
なぜなら、ネットで 調べましたところ、
「人間中心主義のヒューマニズム」についてですが、これは、
「人間至上主義の考え方である・西洋的ヒューマニズム」のことを、指しているのだということが分かったからです。
訊けさんが言われたほうの、ヒューマニズムとは、
「人間の本性は何か」というヒューマニズムのことではないかしら。
「神の子人間という本性に気付くことが基盤のヒューマニズムのことです。
その気付きにより、さまざまな人間的事象や自然環境に 関心と愛情を抱き,人間の特殊性にも 固有の価値と尊厳を認め,非人間的な者に対して
それを擁護しようとする態度ないし志向を指す。」
これが、訊け様の言ったほうの、個人救済を中心に置いたヒューマニズムだと思います。
訊け様の示された 生長の家のヒューマニズム観に立ち、大自然に向かうとー
大自然のいのちも、自分のいのちも 1ついのち(久遠の生命)に、生かされており、
互いに見えない糸で、繋がっている。
そのように、同じ命に生かされているもの同志でありますから、
人間だけが、よきゃいい、自分だけが、よきゃいいというような利己主義的な、生き方ではなく、
周囲の人間や、自然をも 大事にする生き方が自ずから出来るようになる。
自然も単なる物体ではなく、自分と同じいのちなのだと 理解出来る。
もしも、戦後の日本人が 西洋かぶれして、唯物思想に陥ったために、
利己主義な行為をして来たために、自然破壊をして来たというなら、
いにしえのように、和も自然も慈しんで来た ほんらいの日本的なヒューマニズムに返らないと、自然も救われない。
このように説くのが、生長の家の教えの指導者の役目なのではないでしょうか。
しかし、初心者様が、説かれる論を伺いますと、
人間中心主義のヒューマニズム とは に立って、
考えていらして、
人間の救済などは、自分自身でやればいいのだ。
今は、宗教人は、人間に対する個人救済のことなど考えてるときじゃない。
人間の事は、後回しにして、
自然を対象にした自然救済を中心に考え、行動すべきときなのだ。
と、言われているように、聞こえます。
しかし、先に言いましたように、人間中心主義に陥ったのは、
戦後 日本が西洋化して、西洋的感覚で 経済発展してきたせいであり、
(日本だけでなく世界のあらゆる国々が、)
世俗的な経済発展のみを主とする
西洋的ヒューマニズム (人間中心主義、人間至上主義)に基礎を置く生き方をしてきた
それに帰着してしまった ひづみが、出ているからなのではないでしょうか。
そのように ネットにも 書かれてありましたよ。
ですから、生長の家の教えを 原点回帰して、個人救済を中心に置き、
多くの皆様に 神の子人間に目覚めて頂きまして、
戦後に 日本人も含めて人間が犯して来た
西洋的、人間中心主義のヒューマニズムを排し、
「神中心主義」である 生長の家の教えの
今は本来の ヒューマニズム の出発点にたつべき ときであるのだという
訊けさんの主張の方が、正しいと感じました。
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