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良いこと嬉しいこと報告板

162「訊け」管理人:2013/11/15(金) 16:56:10

>>商人さま

 いやー以下は、提供してくれたK機関隊員に感謝なんですが、スバラシイ内容です。おそらく聖典のどこを探しても「掲載されてナイ言い方」です。または、どこにもない「方便・対機説法です」と云えましょうか。『生命の實相』を拝読されておられる方あらば、「おおっ!」と驚かれること、必至ですよ。さて、どんな内容なのか ―― どんな内容かと申せば、


 罪も「光である」


 と云うものです(!)どうですか、こんな説明、聖典に御座いますか。(まあ、趣旨として同種のものはあれ・・・・こんな言い方&断言ぶりは、他にナイですよ)ちなみに音声のご講話ですが、講師は「榎本惠吾」先生でございます。榎本先生が、


 罪も「光である」


 と御主張、なさっておられます。非常に腑に落ちるご講話ですんで、商人さんがまだお聴きになられてなかったら、どうぞ拝聴くださいませ。いやなんか、「新鮮な驚き」がありますよ。

――――――――――――――

○ 榎本惠吾先生ご講話「9」(パスワード「0000」)
http://ndrive.naver.jp/shareUrl/0gMtdF6wltY79N2MYfrdoQ2nktmZEwAnaQeoaUDlAuMCylfA-G5PQ3vwo5bKzl51Cg%3D%3D

――――――――――――――

(以下、榎本先生ご発言の趣旨)

○ 實相を包んでしまってるんじゃナイ!「包んで下さっている」んだ!
○ 罪は、包んでいても「光」なんだ!観世音菩薩が包んでくださっているんだ!
○ もう、「罪はナイ」を通り越して「光だけを認めていく」という生き方に(榎本先生は最近)なってきたんですね。「心がつつまれて實相が出て来なくて困る」という生き方じゃなく、もう、それを楽しんで、ですねえ、もう、「つつんでくださっているんだ」とね。
○ 今まではニコニコマークを描いて、それを「罪が包んでいる」と説明して来たけれども・・・・
○ 「自壊作用で清まっていく」、そんなコトバはキライだね。それではやっぱ、どこか私たちは喜べないね。やっぱり「なぐさめ」みたいになって、「今はよくない」ってことになるからね。「これで消えた」という、まあ、敵にまわしてケンカするよりはいいんだが、はっきり歓べないよね。


 ・・・・・こういう趣旨のご発言が、音声ご講話内にあったのです。榎本惠吾先生の徹底ぶりは、すごいですね。雅春先生の御文章もよいのですが、榎本先生の御主張はより、光明思想を鮮明なものにしてくださいます。いや、同先生の御主張って、

 「罪すらも『光』なんだ!」

 「必要なものなんだ!」

 ですよ。なにか、感激があります。土・日にでも聴いてみてください。榎本先生もお話しになられながら、ご自身も感激し乱舞しているかのようです(笑)。オススメです。




追伸


 本文に関連するご講話は、「講話9」になります。ちなみに「10」のご講話内容も素晴しいです。簡単に以下、ご紹介致します。

(ご講話「10」最初)

 榎本惠吾先生が、宮崎県高千穂で神想観をされた際のことが述べられております。曰く「天孫降臨とは、雲を使って行われた」のだと。雲は通常、迷いの象徴として扱われますが、榎本先生、高千穂で神想観された際に「雲を活用したのではないか」との気づきを得られた模様です。雲(=迷い)すらも、必要なものだったのだ ―― そんな気づきを得られた、榎本先生です。(オモシロイ解釈です)


 (ご講話「10」18:30付近)

 「光が無くても大丈夫なんですよ。我々はただただ光を造る側にいる。神は光よりも先にいたのだから。自分が神として、造る側にいる」

 「過去の失敗を吹っ切ってはダメですよ。光として礼拝するのです。實相の神が責任を取ってくださる。神が常に責任を取る。過去の失敗も光です」

(24:11付近)

 「過去にやれたこと、やれなかったこと、どちらも正しかった。神さまは全部、『満点の卒業だった!』と言っておられる。現象の自分から自分がシタ、これだと満点にならない。落第の状況を認めたら、埋め合わせをせにゃならん。そしてそれに、ひきづられる」


<了>


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