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良いこと嬉しいこと報告板
150
:
「訊け」管理人
:2013/11/14(木) 14:03:02
>>商人さま
お待たせ致しました。最近感銘を受けた御文章、 ―― 「最近」と云うか、いつもなんですが ―― これを紹介致します。いや無論、「わかっちゃいるんだけど」です。わかっちゃいるんだけども、ナカナカ出来ない、そんな件です。ですが、藤原先生の御文章でこれに接しますと、なんか、感化されちゃう私です。貴殿にも以下、ご紹介です。
○藤原敏之先生のお言葉(『すべてを癒す道』より)
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11764/1376693595/10
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11764/1376693595/11
拜
追伸
ブログの保存記事を探索しておりました際、出てきた御文章も紹介致します。なにかの参考になれば、嬉しいです。
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「その心をお忘れなさるな」と谷口先生は優しくお言いになった。「失われたと思うときはいっそう多くなる一瞬前であり、最暗黒だと思うときはいっそう明るくなる一瞬前なのです。」
『生命の實相』34巻110頁より謹写――
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罪がなぜその姿を現象界の不幸として、具象化して現わすかといいますと、罪それ自身がその存在を主張するためではないのであります。罪とは「実相を包みて顕わさざるもの」でありますから、理解の便宜上「包み」という字を当てはめて考えてください。「包み」が形にあらわしているのは、「包み」を開いて中の進物(実相)をただ「ありがとう」と受け取ってもらうためであって、「包み」「包装」そのものに執着してもらうためではありません。(中略)罪が形を顕わすのは、罪自身が自壊するためである。「包み」が形を顕わすのは「包み」自身がその結びのほどかれんがためである。
『人類無罪宣言』133頁より謹写――
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